東松山

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【はじめに】

本ブログ別記事で、吉見百穴ほぼ隣接する松山城(武蔵国)を紹介させて頂きました。私の個人的見解ですが、東松山・吉見と聞くと、先に記載した、この2つが思い浮かぶのですが、それ以外の散策スポットを思い浮かべる事が中々出来ないでいました。しかし実際にその地に赴き、散策を開始してみると、「そー言えば、このスポットは、東松山だ!」、「吉見には、このスポットがあった!」と次々に、散策スポットが思い浮かんできました。今回は、その散策の中で、東松山方面の散策スポットを紹介させて頂きます(吉見山方面の散策情報も別記事で記載しております)。

「東松山」という地名ですが、何の考えもなしに、安直に「松山城(武蔵国)の東にある街」と考えてしまいましっていましたが、ある時地図を見て気づきました。「東松山市は、松山城(武蔵国)の西にある」と・・・。そしてまた勝手に、更に安直に、「松山城(武蔵国)を東に見る市で、東松山?」と思ったのですが、実はこれも間違えでした。東松山市のホームページにによると(http://www.city.higashimatsuyama.lg.jp/shisei/gaiyo/1350362590275.html)、”市名の由来:1954年(昭和29年)7月1日に市制が施行されました。埼玉県で12番目、全国で398番目となります。市名は、松山部会町村合併連絡協議会で、「松山市」に決まりましたが、「松山市」では四国の松山市と混同するおそれがある(自治省)ため、改めて、市名を決定することになり、「東松山市」に決定されました”、とあります。愛媛の松山市と言えば、現存12天守の1つ、松山城があり、また夏目漱石の坊ちゃんでも登場し、日本最古ともいわれ3000年の歴史を持つと言われる、道後温泉もあり、「日本でも、最も格式の高い街の1つ」と理解しています。その松山市に遠慮して、あえて「東」を付け、「東松山」としたなんて、何と日本人らしいと思ってしまいました。そんな東松山の散策にあたって、散策コースによっては、東武東上線の森林公園、もしくは高坂から散策を開始した方が良い場所もありますが、今回は、東松山駅から散策を開始しました。ポタリングでも何度か参らせて頂いている場所ですが、今回は「散策・散歩」で参らせて頂きました次第です(写真は、今回の散策に限らずかつて撮影した写真も記載しております)。

【東松山で訪れた散策スポット】

①箭弓稲荷神社・ぼたん園

こちらの神社、なんと読むかご存じですか?、そのまま、「やきゅうじんじゃ」と読む様です。箭:矢(や)、弓:ゆみ、と言う事の様で、こちらのホームページから(http://www.yakyu-inari.jp)、少々長いですが、引用させて頂きますと、

”御由緒沿革:当神社のご創建は、和銅5年(712年)と伝えられ、規模の大きさ、ご社殿の荘厳さとご霊験のあらたかさで、大勢の方々の信仰を集めています。社記によると、平安時代の中頃、下総の国(千葉県と茨城県の一部)の城主平忠常が謀反を起こし、またたく間に近隣諸国を切り従え、ついにその威を関八州にふるい、大群をもって武蔵の国(埼玉県と東京都・神奈川県の一部)川越まで押し寄せてきました。朝廷は、武門の誉れ高き武将源頼信を忠常追討の任に当たらせ、当地野久ヶ原に本陣を張り、頼信が野久稲荷神社に夜を徹して戦勝祈願をしたところ、明け行く空に箭(矢)の形をした白雲がにわかに現れ、その箭は敵を射るかのように飛んで行きました。頼信は、これぞ神のご加護と奮いたち、自ら先頭に立ち敵陣に攻め入ると、ふいを突かれた忠常軍はあわてふためき、一旦は後退したもののすぐに盛り返し、三日三晩にわたる激戦も、神を信じ戦う頼信軍が勝利しました。帰陣した頼信は、ただちに野久稲荷に戦勝報告を済ませると、この勝利はご神威、ご神徳によるものだとして、ご社殿の建て替えを寄進するとともに、野久稲荷を箭弓稲荷と改めて呼ぶようにと里人に命じたのでした。以来、箭弓稲荷神社は松山城主、川越城主をはじめとして多くの人達等の信仰を集めてきましたが、平和な時代を迎えるとともに、前にも増して隆盛を極め、特に江戸時代には、江戸(東京都)をはじめ、四方遠近からの参拝者で社前市をなしたといわれています。”

とあります。今現在、お邪魔すると、読み方から派生したものだと思いますが、野球に関連する絵馬(バットの形をしたもの)もあり、中々ユーモラスです。季節によっては、ボタンや藤の花を楽しむ事が出来、神社ですが、観光地の様な感覚もある、魅力的な場所です

②下沼公園/上沼公園

どの程度の関係性のある公園か不明ですが、南北に並ぶ形で、1㎞程の距離感で、下沼公園と上沼公園があります。東松山の駅からほど近い下沼公園の池の中には、祠?(弁天様?)があり、その北側に位置する上沼公園の池の中には、立派な東屋があります。お伺いした際は、落ち着いた冬のタイミングだったせいか、落ち着いた雰囲気のある公園と思いましたが、周囲には桜がどちらの公園にも植えられている様ですので、「桜の花の季節、水辺に咲く桜はさぞかし綺麗だろ―」と容易に想像できる公園です

③松山陣屋跡

上沼公園から、数百メートルの南西の東松山市役所の敷地内に、松山陣屋跡の碑があります幕末に、川越藩から前橋藩に管轄が移った際、前橋藩の拠点として陣屋が建てられたそうですが、その後がこちらになります。行政の主人公は変わっても、東松山の市役所はこちらにありますので、場所は変わらず今に引き継がれていると言う事の様です。また、ほんの少し南に行くと、石でできた、オブジェ兼ベンチ?があります。こちらも個性的なものです。

④松山高校記念館

松山陣屋跡(東松山市役所)から、今度は数百メートルの北西にある松山高校の敷地内に、松山高校記念館があります。高校の敷地内なので、入って良いか否かわからなかったのですが、丁度通りかかった職員(先生?)にお伺いした所、「日曜ですしどーぞ」と言われ、ほんの数分でしたが、外見を見学させて頂きました。少々傷みはある様ですが、県内最古の観光建築との事で、洋館風の建物は、中々魅力的で、パステル系の青と赤のコントラストが美しいです。前面のお庭も綺麗に手入れされており、価値の高いものだと思いまました別寺記事で紹介しました松本の開智学校長浜の開知学校とは、若干雰囲気は違いますが、同じようなパステル系の青を使っている事は、印象に残りました。

⑤大谷瓦窯跡

東松山高校から、次に目指したのは、大谷瓦窯跡です。若干距離があり(4㎞程)、1時間位の散策でしたが、途中石像・石仏・馬頭観音等があり、それらを拝見しながら散策しましたので、さほど距離を感じる事はありませんでした実際について、大谷瓦窯跡を拝見させて頂きました所、森の中にあるせいか、非常に地味な印象を持ちました。勿論、派手な窯跡は存在しないと思うので、当然ですが・・・。しかしそこで説明文を拝見すると、奈良時代から平安時代にかけ寺院が盛んに建立されるそのタイミングで作られた瓦窯跡との事なので、ザっと1000年前の瓦窯跡と言う事の様です。地味に見えますが、古くから日本の発展を、特に寺社建立を支えてきた瓦窯跡かと思うと、感慨深いスポットです。

⑥大岡市民活動センター

大谷瓦窯跡を出て次は、トイレ休憩も兼ね、大岡市民活動センターに向かいました。風車とヨーロッパ系の建造物が目に飛び込んできます。「でもなぜ風車?」と思ってしましたが、風車の横にある説明文を読んで理解しました。オランダのメイメーヘン市と姉妹都市の関係にある様で、そのつながりの根拠はウォーキング。東松山で有名なスリーデーマーチと言う行事がありますが、メイメーヘン市は、インターナショナルフォーデーマーチの開催地との事の様です。中々面白いつながりで、風車がある。知らないと不思議の一言ですが、知れば理解できるものでした。この日の散策はここで終了とし、道々に石像・石仏・橋等を横目に見ながら、イタリアンレストラン・VIA DEL SALE、に向かいました。(以下の⑦宗悟寺、⑧比丘尼山横穴墓群、⑨東松山ぼたん園も含めて散策できると思うので、別の日に参らせて頂きました写真と共に、以下にご紹介致します)

⑦宗悟寺と神橋

私達夫婦も、散策するまで存じ上げなかったお寺です。派手さはありませんが、鎌倉時代から続く、由緒正しい、お寺の様で、立派な松があります。こちらのホームページによると(https://www.yoritomo-japan.com/hiki-sougoji.html)、”宗悟寺は、鎌倉幕府二代将軍源頼家の側室若狭局が、伊豆の修禅寺で暗殺された頼家の追福のため比丘尼山に建立した壽昌寺を始まりとしているのだと伝えられている。若狭局は、1203年(建仁3年)に北条時政に滅ぼされ比企能員の娘。宗悟寺の周辺が能員の館跡だったとされている”、とあります。鎌倉時代の主役の一人、比企能員と縁の深い地域である事、改めて感じさせてくれるスポットです。

⑧比丘尼山横穴墓群

何度も散策でお邪魔している東松山ですが、この日は、大岡市民活動センターまでで、散策を終了し、下記のイタリアンレストラン・VIA DEL SALEに行きました。しかし、この近くには、別記事で紹介しました吉見の散策内、吉見百穴黒岩横穴墓群同様、横穴墓群があります。比丘尼山横穴墓群です。ただ、お邪魔した際は草(クマザサ?)が生い茂り全体像をあまり把握できませんでしたが、写真の通り、横穴墓を拝見する事はでできました。まじかで見ると、吉見百穴で感じた、「小人・コロボックルの住まいだったら、夢があるなー」と改めて思った次第です。

⑨東松山ぼたん園

こちらも別の機会のお邪魔したのですが、大岡市民活動センター・比丘尼山横穴墓群の南にあります。ボタン園と言う名前ですが、ツツジも綺麗に咲いており、広い敷地は公園の様にもなっており、ゆったり散策しながら花々を楽しめる空間になってります。道を挟んだ反対側には、駐車場もありましたので、季節には是非足を運んで、ボタンをはじめとした花々を楽しみたいスポットです。

おまけ:道々の様子とイタリアンレストラン:VIA DEL SALE (http://www.viadelsale-web.com/)

吉見・東松山は、散策をしていると、色々な石像・石仏、オブジェがあり、何の目的もなく散策していても楽しめます(写真参照)。また、散策の仕上げとして、広い通りから、若干中に入った場所に入口がある、一軒家の少しおしゃれなレストラン・ VIA DEL SALE にお伺いしました。広い芝のお庭があり、ゆったりとお食事を楽しむ事が出来ます。一番安いコースをオーダーさせて頂いたのですが、お料理も、しっかりとしたオーソドックスな味で、大人好みな上、写真の通り、ボリュームもあります。そして、5000円を切る価格帯から、コースがありますので、リーゾナブル。クレジットカードも利用できましたので、大人散策とセットで参らせて頂くには、うってつけのレストランだと思いました。

【最後に】

上記、東松山市における大人散策スポットを紹介させて頂きましたが、皆様はどの様にお感じになりましたでしょうか? 私達夫婦が実際に散策させて頂き、率直に思った事は、「東松山って、大人散策には、見所もあり、食事する所もあり、中々良い街だな」と思いました

東松山の駅近くにあるオブジェもウォーキングを意識した、可愛らしいものですし、スリーデーマーチの開催もしています。東松山の駅から吉見百穴松山城(武蔵国)に向かう道すがらには、ウォーキングセンターもありますし、石碑・石仏、牧歌的な雰囲気も散策中には楽しめます。そんな東松山ですので、大人散策には良い街だとも思った次第です。皆様も東松山で大人散策をしてみては、いかがでしょうか?

以下、Googleマイプレイス(マイマップ)で作成した地図を、アプリ・GogleMpsで、位置情報をONにしてスマホでご利用頂くと、紹介したスポットを、自身の位置確認しつつ大人散策する事が出来ます!

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