山縣館

【はじめに:山縣館の歴史】

今回は、山梨県ですが、埼玉県との県境にほど近い、あの武将を先祖に持つ、山縣館(https://yamagatakan.com/)と言う、温泉宿をご紹介します。歴史(日本史)ファンなら、武田信玄好きなら、一度は泊まりたい、大人温泉宿なのです。その武将とは・・・。こちらのホームページによると、

”武田二十四将の一人【山縣三郎右兵衛尉昌景(やまがたさぶろう うびょうえのじょう まさかげ)】が先祖で、現当主が15代目にあたります。(略) 武田信玄公四天王の一人とも呼ばれ、『武田に山縣あり』と周辺諸国から恐れられておりました。その昌景の鎧兜が玄関で皆様をお迎え致します。”

とあります。山縣昌景ですね。あの、真田、井伊に引き継がれた、「赤備え」を武田家で率いていた猛将、山縣昌景です(真田氏の居城上田城江戸時代の拠点松代城、井伊氏の拠点国宝彦根城に関しては、別記事で紹介しています)。その直系のご子孫が、オーナーの温泉宿が、山縣館なのです

山縣館のロビーにある展示物
山縣館のロビーにある展示物

「元々は、同じく武田家の重臣、飯富氏の一族の様ですが、信玄嫡男の謀反騒動において、飯富虎昌も連座。その際、飯富虎昌(赤備えの元祖)が率いていた、赤備えを引き継ぐとともに、断絶していた山縣家を受け継ぎ、山縣昌景と名乗るようになった」というのが私の理解です。つまり、赤備えが有名で、戦国最強と言われた武田の騎馬隊を率いていた、筆頭の一族の一人が、山縣昌景」と理解してよいと思います。

Wikipediaの「赤備え」の項目によりますと(https://ja.wikipedia.org/wiki/赤備え)、

”赤備えを最初に率いた武将は甲斐武田氏に仕えた飯富虎昌とされ、以後赤備えは専ら甲斐武田軍団の代名詞とされる。(略) 武田信玄率いる武田軍の赤備えを最初に率いたのは後世に「甲山の猛虎」とも謳われた飯富虎昌で、騎兵のみからなる騎馬部隊として編成された。元々朱色は侍の中でも多くの首を上げた者にのみ大名から賜るものだった。(略) 1565年(永禄8年)に虎昌が義信事件に連座し切腹すると、虎昌の部隊は彼の弟(甥とも)とされる山県昌景が引継ぎ、同時に赤備えも継承したという。虎昌・昌景の両者は『甲陽軍鑑』において武勇に秀でると共に武田家及び武田軍の中心として活躍した武将として記されており、両名の活躍が赤備えの価値を高めたと言える。また、『軍鑑』によれば武田家中では昌景と共に小幡信貞、浅利信種の2名が赤備えとして編成され総勢千騎だったという。(略) 武田の赤備えが強かったため、「赤備え隊=精鋭部隊または最強部隊」というイメージが諸大名の間で定着したと言われる。その後、真田信繁(幸村)や徳川精鋭部隊の井伊直政が赤備えを採用したことでもこの事実が読み取れる。(略)”

とあります。こんな温泉宿、中々ないですよね!

【山縣館の概要】

まずは、位置関係から。

山縣館は、笛吹川の最上流部に近い、山梨と埼玉の県境付近にありますので(山縣館から10分か20分も車で走れば、埼玉県です)、結構な山の中です。この笛吹川の下流には、別記事で紹介しました、笛吹川温泉・坐忘と言う中々の大人温泉宿や、有名な石和温泉(ホテル春日居富士野屋を紹介しています)、また武田信玄の菩提寺としても、「心頭滅却すれば・・・」の辞世を残した快川 紹喜(かいせん じょうき)という、僧の最後の地としても有名な恵林寺もあります。

上流部に向かうと、ダムがあり、その先は、雁坂峠。雁坂トンネルを抜ければ、埼玉県でその先には、やはり何度か、分水嶺観光スポットを別記事で紹介しています秩父があります。私達夫婦の住まいは、川越なので、車で、秩父観光を経由して参らせて頂きました(直接行くのであれば、高速を使った方が、若干早いと思いますが・・・)。

最寄りの駅は、中央本線・塩山駅になりバスで目指す事も出来る様ですが、位置関係を考えると、車でのアクセスが宜しいのでないかと思います。また、中央道からのアクセスであれば、勝沼インターチェンジになると思います。田舎なので(すいません・・・)、道も限られ、迷わず行けると思います。とにかく、140号線に出て、雁坂峠を目指せば、出てきますので!

そんな位置関係ですが、お宿は結構大きなお宿で、お部屋の種類もいくつかあります。温泉客室露天のある部屋もあり、希望に合わせて選ぶことが出来ると思います。ちなみに、”昭和50年4月に浩宮徳仁皇太子殿下がご宿泊された記念のお部屋(https://yamagatakan.com/guest_room.html)”(現天皇ですね)と言うお部屋もあるそうなので、お部屋選びの参考にされてはいかがでしょうか?(こちらもちなみにですが、別記事で紹介させて頂きました、別所温泉の「南條」も現天皇陛下が、皇太子時代ご宿泊されたの、石碑が建っていました・・・)。

山縣館の外観と温泉情報パンフレット
山縣館の外観と温泉情報パンフレット

そして、温泉。こちらは、とにかく良いです。内湯と露天風呂がセットになった大浴場が2つ(一つは眺望よし、もう一つは日本庭園が見れる)。有料の貸し切りのお風呂が2つ。そして一番のおすすめは、川沿いにある露天風呂。建物から、谷を下るように進み(山道ではなく、渡り廊下を歩く感じです)、正に渓流ギワにある露天風呂です。お風呂に行くまでの道のりも良く、お風呂その物も、大自然を全身で感じる事が出来る露天風呂で、山縣館を訪れた際は、必ず行って頂きたい露天風呂です。

【山縣館での滞在】

私達夫婦がお世話になったのは、「名月」と言うお部屋。広い和室2間とベッドルーム、そして温泉客室露天のついたお部屋です。眺めがよく、広いお部屋でしたので、ゆったり過ごす事が出来ました。本来は、周辺散策も含め、想定した2泊の旅でしたが、雨により断念。結局、温泉合宿で2日過ごしました。最終日の帰る際に、天候は回復したので、少し散策しましたが・・・。

しかしそれはそれで良く、自慢の温泉を大満喫。大浴場と客室の温泉のはしご。更には、渓流沿いの露天風呂にも数回行きました。温泉はしごの合間にロビーに行き、山縣昌景の鎧兜をマジマジと拝見させて頂き、歴史を感じたりもしました。外に出ずとも、大好きな温泉を満喫でき、また、歴史を感じ、これはこれで、満足できる宿泊となりました。

【山縣館での滞在②:追加情報@2022年1月】

2021年11月に、こちらの山懸館リピートして参りましたので、情報をアップデート致します

今回お世話になったお部屋は、前回お世話になった、「名月」と同じ階(5階)にあるお部屋です。505のお部屋なのですが、こちらのホームページによると、「特別室 和室+絶景リビング付角部屋」とあります。なぜこちらのお部屋にしたかと言うと・・・。若干広めと言う事もありますが、

  1. 露天ではないが、客室に温泉が給湯されている、
  2. 景色が良い、
  3. 価格が若干低めに設定されている、

の3点です。

別途写真をご確認頂きたいのですが、景色の良い部屋に、温泉給湯。はっきり言って、十分です。これで、価格を低め(夫婦2名で、1泊2食付き4.6万円でした)であれば、更に大満足です。しかし1点お気を付けください。このお部屋、私の知る限り、こちらのホームページからしか、予約が出来ない様で、お部屋の名前も「最上階角部屋 和室8畳+リビング」となっていました。この情報、自身がこのお部屋指定で宿泊した時には、皆様と競合してしまうので、記載をためらいましたが、頻度を考えれば、共有した方が良いと思った次第です。

皆様も機会がありますれば、このコストパフォーマンスが最も良いと思われるこのお部屋、「最上階角部屋 和室8畳+リビング= 特別室 和室+絶景リビング付角部屋 (現時点の情報ですが・・・)」、試してみてはいかがでしょうか?

【最後に】

戦国の歴史を感じ、温泉を大満喫できる大人温泉宿、山縣館。大分山間部でありますが、車であれば問題なく行けます。まだ行った事はありませんが、笛吹川の更に上流部(上記写真の一之釜よりも、更に上流)には、ハイキングコースもあり、七ツ釜五段の滝(詳細地図:https://goo.gl/maps/tWyCyyq5wiry1P4R8)と言われる、渓流の美しい滝がある様です。新緑もよさそうですが、秋の紅葉もかなりよさそうです。近いうちに、今度は天候に恵まれる事を期待しつつ、また山縣館にお邪魔し、歴史と温泉と大人散策(ハイキング)を楽しめる様な、プランニングをさせて頂こうと思った次第です。

【追加散策情報@2022年1月】

上記にも、お部屋に関し情報をアップデート致しましたが、周辺大人散策情報についても、情報のアップデートを致します。この時は、西沢渓谷(一部通行止めになっており、紅葉もほぼ終わりのタイミングでしたが・・・)でハイキングを楽しみ、山縣館にお世話になりました(西沢渓谷に関しては、別記事で紹介中(更新中))。その道中で、上記一之釜に加え、2か所スポットを回らせて頂きました。大変申し訳ないのですが、「是非行ってみて下さい」と言うスポットと言うより、「時間があれば回ってみて下さい」と言ったスポットでしたが、参考までに写真と共に、記載いたします。参考になれば、幸いです。

以下、Googleマイプレイス(マイマップ)で作成した地図を、アプリ・GogleMpsで、位置情報をONにしてスマホでご利用頂くと、紹介したスポットを、自身の位置確認しつつ大人散策する事が出来ます!

TOP Pageへ or ブログ内関連情報タグ一覧へ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA