「飛騨高山の歴史と文化を感じる大人散策!:車で巡るスポットを詳細地図・多くの写真と共に紹介! ~飛騨高山・白川郷の旅シリーズ~

車で巡る飛騨高山

【はじめに】

飛騨高山・白川郷の旅 

飛騨高山・白川郷巡るモデルコース:3泊4日の歴史・文化満喫旅 ~飛騨高山・白川郷の旅シリーズ まとめ記事~

こちらのページでは、「徒歩で巡るには少々非効率な飛騨高山の観光スポットに付き『車で巡る飛騨高山の大人散策スポット!』として紹介」致します(こちらのページでは、「高山の市街地から少々外縁部の『車で巡る大人散策スポット』を紹介」しており、「高山市街地(古い街並み含む)を徒歩で巡るスポット」は、別記事で紹介しておりますので、併せてご参照ください)。

📚本記事で得られる情報📚
車で巡る高山」の大人散策スポットの全体図
各大人散策スポットを詳細マップ(ルート全体図)・多くの写真で解りやすく紹介

飛騨高山・白川郷の旅 
飛騨高山・白川郷巡るモデルコース:3泊4日の歴史・文化満喫旅 ~飛騨高山・白川郷の旅シリーズ まとめ記事~ (更新中) 
櫻山八幡宮@高山
櫻山八幡宮@高山(高山祭屋台会館・桜山日光館含む):高山祭を感じ歴史と文化を感じる大人散策へ ~飛騨高山・白川郷の旅シリーズ~
日枝神社@高山
飛騨山王宮 日枝神社:春の高山祭・山王祭の源・日枝神社@高山を日本神話・神使・三大怨霊の意味を考えつつ大人散策! ~飛騨高山・白川郷の旅シリーズ~
水無神社
飛騨一宮 水無神社:水無神社の概要を抑え、この地域の歴史を感じる大人散策へ!(写真多数あり) ~飛騨高山・白川郷の旅シリーズ~
高山城
高山城とは?:高山城の概要と歴史を抑え大人散策へ!(詳細マップあり) ~飛騨高山・白川郷の旅シリーズ~
高山陣屋
高山陣屋とは?:高山陣屋の概要と歴史を抑え大人散策へ!(写真多数あり) ~飛騨高山・白川郷の旅シリーズ~
白川郷・五箇山 概要理解編
世界遺産「白川郷・五箇山の合掌造り集落」とは?:白川郷(荻町集落)・五箇山(菅沼/相倉集落)の概要・特徴を知る! ~飛騨高山・白川郷の旅シリーズ~
白川郷・五箇山 散策遂行編
世界遺産「白川郷・五箇山の合掌造り集落」をセットで大人散策!:白川郷(荻町集落)・五箇山(菅沼/相倉集落)を多くの写真・詳細マップと共に紹介! ~飛騨高山・白川郷の旅シリーズ~
高山大人散策(徒歩編)
「飛騨高山の古い街並み・神社仏閣」を歴史を感じつつ大人散策!:徒歩で巡るスポットを詳細地図・多くの写真と共に紹介! ~飛騨高山・白川郷の旅シリーズ~
車で巡る飛騨高山
「飛騨高山の歴史と文化を感じる大人散策!:車で巡るスポットを詳細地図・多くの写真と共に紹介! ~飛騨高山・白川郷の旅シリーズ~

皆様は、「飛騨高山」って脚を運んだことはありますか? もしいらっしゃった事がないのであれば、どんなイメージをお持ちですか? もしいらっしゃった事があるのであれば、何が一番印象に残っていますか? これは恐らく、自身の勝手な思い込みかもしれませんが、「飛騨高山」と言えば、「歴史ある古い街並み」・「高山陣屋」・「高山祭」辺りを連想する方が大多数で、恐らくこれらの Key Word で、高山観光を楽しみたい(楽しまれた)のでないかと推察する次第です。

そんな「飛騨高山」ですが、ご承知の通り、関東圏からですと、少々アクセスしにくいエリア。つまり、高山に鉄道は通っているのものの、富山 or 名古屋(岐阜)経由でのアクセスになるので、新宿から高速バスでのアクセスが良い気がしますが、川越居住の私達夫婦にとって、「それなら車で行けばいい…」と思いつつも、「4-5時間の運転」にたじろぎ、中々訪問が出来ていなかったという事です。そんな中、2025年の5月ついに訪問がかなった次第ですが、逆の見方をすると、「車でアクセスしてしまえば、『歴史ある古い街並み高山陣屋高山城櫻山八幡宮と言った徒歩で巡る事を前提にしたスポット』以外のスポットも効率的に巡れる!」と思った次第です。言い換えると、「飛騨の里、飛騨一宮 水無神社、更には白川郷・五箇山の合掌造り集落までスコープ入れ「飛騨高山・白川郷の旅」を企画した次第でした(飛騨高山・白川郷の旅の全体図は、別記事をご参照ください(更新中))。

こちらのページでは、徒歩で巡る飛騨高山の歴史ある古い街並み」・「高山陣屋」・「高山城」・「白川郷・五箇山の合掌造り集落等は、別記事で紹介させて頂きましたので、「車で巡る飛騨高山の大人散策スポットの情報」を共有させて頂きます。すなわち、「徒歩で巡るには少々非効率な飛騨高山の観光スポットに付き『車で巡る飛騨高山の大人散策スポット!』として紹介」致します(こちらのページでは、「高山の市街地から少々外縁部の『車で巡る大人散策スポット』を紹介」しており、「高山市街地を徒歩で巡るスポット」は、別記事で紹介しておりますので、併せてご参照ください)。

【飛騨高山を車で巡る大人散策スポット全体図】


温泉・体験商品満載のカタログギフト「おとなの旅日和」

「旅をする」のもいいですが、「旅を贈る」のもいいかもしれません…

本ブログ別記事:「飛騨高山・白川郷の旅シリーズ まとめ記事(=飛騨高山・白川郷巡るモデルコース)」で、「高山ってどんな街?」と言った内容で記載させて頂きました(更新中)。つまり、白川郷・五箇山の合掌造り集落も含めた飛騨高山・白川郷の旅の全体図は、別記事をご参照頂きたいのですが、「大人散策@飛騨高山」を検討するにあたって、上記記事の内容で得た情報を「実際の高山における行きたいスポット」として地図に落とすと以下の様になりました
言い換えると、『時間の限られた旅行者が、「全国の市区町村で、最も面積が広い高山市における大人散策」を遂行するには、スポットを絞り、効率的に巡る事が必要であるが、「古い町並み」・「高山陣屋」・「高山城址」・高山祭の源:「日枝神社 / 櫻山八幡宮」・「飛騨一宮水無神社」は外せず、出来る事なら、「飛騨総社 / 飛騨東照宮 / 飛騨国分寺」等も含んだルートを考え、「飛騨牛・高山ラーメン」もチャンスを見て、頂戴すべき!』と考えた次第です…。

大人散策@高山の全体図
大人散策@高山の全体図

そこで改めて、上記地図をご覧頂きたいのですが、『「古い町並み」・「高山陣屋」・高山祭の源の1つ「櫻山八幡宮」は、比較的高山駅東側の市街地で集中したエリアにある』が、『「高山城址」・高山祭のもう1つの源:「日枝神社」・「飛騨一宮水無神社」・「飛騨総社」・「飛騨国分寺」・「飛騨東照宮」・「飛騨の里」は少々離れている』という事をご認識頂けるの出ないかと思います。

その状況を踏まえ、以下の「大人散策@高山のプランニング骨子」を想定しました。

  • 『「古い町並み」・高山祭の源の1つ「櫻山八幡宮」等歩含むエリアは、「徒歩での大人散策(別記事参照)」でまとめて巡る
  • 見学に少し時間がかかりそうな、「高山陣屋」・「高山城址」は、上記とは分けて、他の日程に組み込む
  • 日枝神社」・「飛騨一宮水無神社」・「飛騨東照宮」・「飛騨の里」等は、「車で各スポットを巡る大人散策」として想定し、「そのルート上にあるプラスα の大人散策スポット」の追加も検討する
  • 「飛騨総社」・「飛騨国分寺」は、基本「徒歩での大人散策」or「車で各スポットを巡る大人散策」を想定しつつ、実行フェーズで、時間が空いた時に組み込む(=訪問できない際はあきらめる…)

実際には、本記事で紹介する飛騨一宮水無神社」・「飛騨の里」・「飛騨総社」・「飛騨国分寺」等は初日の「車で各スポットを巡る大人散策@高山」で、高山陣屋は2日目の大人散策@白川郷・五箇山の合掌造り集落の後で訪問し、3日目に古い街並みを含む、徒歩での大人散策@高山市街地(別記事参照)を実行して、4日目には高山城址日枝神社の訪問と言った内容で実施させて頂きました。

そんな状況下、こちらのページでは、「初日に実行した『車で各スポットを巡る大人散策@高山』」に付き、記載いたしますので、今少しその全体図を記載させて頂きますと、以下の感じになります(最下部のMap:薄い橙色の✪と併せてご参照ください)。

  • 早朝(6時過ぎ)に、居住地である埼玉・川越を出発
  • 関越道 ⇒ 上信越道の松本経由で、まずは「平湯大滝」を目指し、10時過ぎに到着(滞在:15分)
  • その後、「田上家住宅(到着:11時前・滞在:30分)」・「荒川家住宅(到着:11:30過ぎ・滞在:20分)」と巡って、
  • 一旦、高山の市街地は通り過ぎ、飛騨一宮水無神社」に直行(到着:13時前・滞在:20分)
  • 更に、「まつりの森 ミュージアム(到着:14時前・滞在:20分)」・「飛騨東照宮(到着:14:30過ぎ・滞在:15分)」を経由して、「飛騨の里」を訪問(到着:15時過ぎ・滞在:45分)
  • そして、まだ日没までに時間があったので、駐車場が分からなかったものの、「高山駅の北側にあったコインパーキング」に車を停め、「辻ヶ森三神社(≒ 国分尼寺跡;到着:16時過ぎ・滞在:10分)」・「飛騨国分寺(到着:16:30位・滞在:10分)」・「飛騨総社(到着:17時前・滞在:10分)」を徒歩で巡り、高山で拠点にさせて頂いた大人温泉宿「飛騨高山 二人静 白雲(到着:17:30~18時)」

上記の感じで、ちょっとキチキチに思えるスケジュールでしたが、言い方を変えれば、「飛騨高山で、徒歩だけでは巡りにくいスポットを、車を利用する事で、効率的に巡ることが出来た」次第です。以下、それぞれのスポットの詳細情報も記載しますので、引き続きご参照ください。

【具体的な大人散策スポットを紹介!】


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■ 平湯大滝・田上家 / 荒川家

上記の通り、居住地である埼玉・川越を出発し、まず目指したのは、「平湯大滝」。埼玉・川越から、関越道 ⇒ 上信越道を経由し、松本を抜け、4~5時間かけて到着しました。訪問させて頂いたのは5月でしたが、まだ雪があり観光客も皆無。でもその分、ダイナミックな流れと共に、自然を満喫させて頂きました。
そしてその後、「田上家住宅」・「荒川家住宅」と巡り、歴史ある建造物を、外からも、そして中からも満喫。とても一般的な住宅には見えず、「名家の住宅」と言った感じでした。特に「田上家住宅」には、「森の水族館」なる施設があり、「岩魚・山女魚」を見学でき、更には、普通なら見るチャンスはほとんど無い理解の「イトウ」も見学する事が出来ました。また、自身はあまり詳しくないのですが、かなり手の込んだ「鉄道のジオラマ」も展示されており、期待していた内容とまた違った観点で滞在を楽しむ事が出来た次第です(以下「鉄道のジオラマ」に関しては、動画でも共有致しますので、併せてご参照ください)。

かなり手の込んだ鉄道のジオラマがありました:動画と併せてどうぞ!

■ 飛騨一宮 水無神社・まつりの森 ミュージアム・飛騨東照宮

「荒川家住宅」の後に向かったのは、「飛騨一宮 水無神社。元々の目的である「高山の市街地」を一旦すり抜け、飛騨一宮 水無神社に直行しました。尚飛騨一宮 水無神社の大人散策情報に関しては、詳細記事を別記事で作成しておりますので、そちらをご参照ください。

そして、飛騨一宮 水無神社の次に参ったのは、「まつりの森 ミュージアム」。こちらへは、高山祭の山車が、まじかに拝見できる」と言う理解で参らせて頂きましたが、その期待は的中。もはや「芸術作品」と言って良い理解の「圧巻の山車」を存分に楽しむ事が出来ました。ただ同時に思った事は、「なぜ観光客がいないの?」・「これほど素晴らしい展示なのに…」という事。つまり、ほぼ貸し切り状態で高山祭の圧巻の山車」を満喫させて頂いたという事です。

その後、目指したのは「飛騨の里」なのですが、その途中にある「飛騨東照宮」にも参拝。やはり、本ブログ別記事で、「三大東照宮」・「日光東照宮」・「上野東照宮」・「久能山東照宮」・「(川越)仙波東照宮」等を記載している自身にとって「『東照宮』と名の着く神社の前を、知っていて素通りする訳にはいかない!」という事で参拝させて頂きました。大きな境内ではありませんが、中々の雰囲気の神社で、「本地堂」・「(境内の)金龍神社」等を巡って、書置きの御朱印も頂き、「飛騨の里」を目指した次第です。

■ 飛騨の里(飛騨民俗村)

「飛騨東照宮」から「飛騨の里」は、目と鼻の先。あっと言う間に「飛騨の里」に付き、散策を開始したのですが、皆様は「飛騨の里」ってご存じでしたか? 以下、簡単にでもその概要を抑えるべく、まずは、Wikipedia から引用させて頂きます。

飛騨民俗村(ひだみんぞくむら)は、岐阜県高山市にある博物館(野外博物館)。飛騨の伝統産業(一位一刀彫、飛騨春慶塗、草木染めなど)の伝承保存、飛騨地方の民具の展示、合掌造りなどの飛騨地方の民家の移築保存がされている。
昭和30年代、御母衣ダムにより水没する合掌造り民家の矢篦原家(やのはらけ)住宅が横浜市の三渓園に移築されるなど、次々と貴重な民家が移築されていくことに対し、地元で保存していく考えで開業した施設である。
案内には「飛騨民俗村・飛騨の里」と表記される場合が多い。正確には昭和34年(1959年)開館の飛騨民俗館(現・民俗村)と昭和46年(1971年)開館の飛騨の里を合わせた施設を「飛騨民俗村」という。民俗村と飛騨の里は、約700メートル離れており、敷地内を徒歩で移動する。

概要
敷地内には、飛騨地方の民家の建物約30棟(重要文化財4棟、岐阜県指定重要文化財7棟)が移築保存されている他、養蚕、林業といった貴重な民具が保管されている。一部は実際に触れることもできる (略)  民家の他、山岳資料館(旧高山測候所)、土蔵、和紙漉小屋、バッタリ(唐臼)小屋、車田がある。 収集品の飛騨の山村用具と飛騨のそりコレクションは、重要有形民俗文化財に指定されている (略)

主な建造物
・旧田中家 – 重要文化財
旧所在地は大野郡灘郷冬頭村(現・高山市冬頭町)。18世紀初めの田屋。切妻造、板葺石置屋根。国学者の田中大秀が使用していたという。
・旧若山家 – 重要文化財
旧所在地は大野郡白川郷下滝村(後の大野郡荘川村、現・高山市)。寛政9年(1797年)建築の切妻合掌茅葺4階建(合掌造り)。昭和34年(1959年)に移築され、「飛騨民俗館」の最初の建物として公開された。
平成11年(1999年)に現在地に再移築された。移築の際の解体時に建築年が判明している。それまでは若山家伝承で宝暦元年(1751年)とされていた。
・旧吉真家 – 重要文化財
旧所在地は吉城郡小鷹狩郷角川(後の吉城郡河合村、現・飛騨市)。江戸時代中期の入母屋造、茅葺。
・旧田口家 – 重要文化財
旧所在地は郡上郡東村卯之原(後の益田郡金山町、現・下呂市)。文化5年(1808年)建築の切妻造。卯之原村庄屋を務めていた家で建築当時は榑葺だったが、現在は鉄板葺である。
・旧西岡家 – 岐阜県指定重要文化財
旧所在地は大野郡白川村加須良村(現・大野郡白川村)。江戸時代後期の切妻造、茅葺。元は蓮受寺の庫裏であった。
・旧新井家 – 岐阜県指定重要文化財
旧所在地は大野郡小島郷池本村(後の大野郡清見村、現・高山市)江戸時代後期の切妻造、板葺石置屋根。
・旧富田家 – 岐阜県指定重要文化財
旧所在地は吉城郡高原郷杉山村(後の吉城郡神岡町、現・飛騨市)江戸時代末期の入母屋造、茅葺。問屋として使用された。
・旧道上家 – 岐阜県指定重要文化財
旧所在地は吉城郡小島郷加賀沢村(後の吉城郡宮川村、現・飛騨市)。江戸時代末期、入母屋造、茅葺。
・旧前田家 – 岐阜県指定重要文化財
旧所在地は吉城郡高原郷神坂村(後の吉城郡上宝村。現・高山市)。明治32年(1899年)建築。切妻造、板葺石置屋根、二階建。
・旧中薮家 – 岐阜県指定重要文化財
旧所在地は大野郡久々野郷宮村(後の大野郡宮村、現・高山市)。江戸時代中期、切妻造、板葺。
・旧野首家 – 岐阜県指定重要文化財
旧所在地は大野郡灘郷片野村(現・高山市)。江戸時代前期(元禄以前)、切妻造、板葺。
・旧八月一日(ほづみ)家 – 高山市指定重要文化財
旧所在地は大野郡白川郷三尾河村(後の大野郡荘川村、現・高山市)。江戸時代末期、入母屋造、茅葺。西願寺の庫裏であった。
・旧高山測候所 – 登録有形文化財
旧所在地は大野郡、灘村(現・高山市)。明治36年(1903年)、洋館。飛騨民俗村唯一の洋風建築であり、山岳資料館として使用されている。
・匠神社
本殿は吉城郡小鷹狩郷保(後の吉城郡河合村、現・飛騨市)の鈿女(うずめ)神社。拝殿は吉城郡小島郷加賀沢村(後の吉城郡宮川村、現・飛騨市)の白山神社。鳥居と灯籠(灯篭)は大野郡灘村桐生(現・高山市)の白山神社。狛犬は丹生川村(現・高山市)からの寄贈(所在地は不明)。石段は吉城郡小鷹狩郷保(後の吉城郡河合村、現・飛騨市)の立保神社のものを移築したものである (略)

https://ja.wikipedia.org/wiki/飛騨民俗村

つまり簡単にいてしまうと、「『飛騨の里=飛騨民俗村』は、この地域の貴重な民家を、地元で保存していく考えで開業した『野外博物館』で、多くの重要文化財の建造物を拝見できる大人散策スポット」と言った理解をしている次第です。
「飛騨の里」に足を踏み入れ、最初に目に飛び込んでくる池(=五阿弥池)の背後に、白川郷・五箇山を連想させる「かやぶき屋根の建造物が見える景色」は、非常に雰囲気を感じる物。また、白川郷・五箇山」と違って「野外博物館」なので、その内部もじっくり見学できる為か、多くの外国人観光客もいらっしゃいました。つまり、「こういった歴史的な建造物を残していく取り組みは、非常に重要」と改めて思った次第です。

そんな「飛騨の里での大人散策」。私達夫婦の場合は、「五阿弥池」の北側をまずは東側に進み、「旧新井家住宅」・「旧中藪家住宅」・「旧田中家住宅」・「立保神社」・「旧若山家住宅」・「杣小屋(きこりの小屋?)」・「木挽小屋(製材小屋?)」・「旧大野家住宅」と南に山を登って行く形で歩を進めました。

その後、斜面を下りつつも、西側に進路を取りつつ「旧田口家住宅」・「旧前田家住宅」・「旧八月一日(ほづみ)家住宅」・「匠神社」・「旧吉真家住宅」・「旧道上家住宅」を見学。そして、「旧道上家住宅」は「飛騨の里の西の端」になるので、ここでUターンし、「旧富田家住宅」・「車田」・「旧西岡家住宅」・「稲架小屋」と再び東に進んで、「五阿弥池」の南側の畔に出て、「わらび粉小屋」を見学し、「五阿弥池」の南側 ⇒ 西側の畔を進んで、スタート地点に戻り、「大人散策@飛騨の里」を45分位でコンプリートした次第です。

ちなみに、飛騨の里で大人散策をしている際、「松倉城跡」の説明看板もあった為、「飛騨の里は『松倉城跡』に作られた野外博物館なんだ…」と思った次第で、「正直、城郭跡は城郭跡で楽しみたかった…」と思ってしまいました。しかし同時に、これまでお邪魔した愛知・犬山の明治村」・「東京小金井公園内の江戸東京たてもの園」と言った野外博物館とは全く違った雰囲気。実際に人が住んでいない為、少々建造物の老朽化が気にはなりましたが、「白川郷・五箇山」と違って建造物内部をじっくり拝見出来、当時の生活ぶりも肌で感じる事が出来る事は非常に魅力的に感じました。つまり、「これらの多くの貴重な建造物を、先人達が残してくれた事で、現在の私達が建造物その物、その内部や暮らしぶりを実感できるんだな…」、「そういった意味では、非常に価値のある施設だな…」と改めて思った次第でした。

辻ヶ森三神社(国分尼寺跡)・飛騨国分寺

「飛騨の里」で、日本の歴史的な建造物を拝見した後は、「辻ヶ森三神社(国分尼寺跡)」・「飛騨国分寺」に向かいましたが、まず簡単に「国分寺・国分尼寺」に付き、おさらいすべく、Wikipedia の力を借りますと以下の様にあります。

国分寺(こくぶんじ)は、741年(天平13年)に聖武天皇が仏教による国家鎮護のため、当時の日本の各国に建立を命じた寺院であり、国分僧寺(こくぶんそうじ)と国分尼寺(こくぶんにじ)に分かれる (略)
『続日本紀』『類聚三代格』によれば、天平13年(741年)2月14日(日付は『類聚三代格』による)、聖武天皇から「国分寺建立の詔」が出された (略)

https://ja.wikipedia.org/wiki/国分寺

国分寺の建設地の選定における条件は、石田茂作の諸国国分寺の調査成果により『東大寺と国分寺』により示されている

地形的条件 
国華として仰ぎ見るのによい地形 
水害の憂いなく長久安穏の場 
南面(向)の土地 

都市計画的条件 
人家の雑踏から離れている 
⑤人の集合するのに不便でなく、交通至便の地 
条里制区画(六町四方を一里とする方形地割にもとづく土地制度)の拘束を甘受すること

政治的条件 
国府(役所)に近いところ(国司が国分寺を監督したことによる) (略)  

https://ja.wikipedia.org/wiki/国分寺

つまり、全国各地ある「国分寺・国分尼寺」は、(多少時代は前後するが)「奈良期に、聖武天皇の号令のもと創建された、国府の近くにあった『国華としての寺院』」と言った理解になる次第です。そんな「国分寺と国分尼寺」ですが、「飛騨の国分寺と国分尼寺」に関しても、Wikipedia を調べてみますと以下の様にあります。

飛騨国分寺(ひだこくぶんじ)は、岐阜県高山市にある高野山真言宗の寺院である (国は旧字体「國」が正式)。山号は医王山(医は旧字体「醫」が正式)。

沿革
741年(天平13年)、聖武天皇により国分寺建立の詔が発せられ、746年(天平18年)頃、行基によって建立されたという。
819年(弘仁10年)、火災で焼失。855年(斉衡2年)ころ、再建される。
室町時代に本堂が再建されるが、詳しい時期は不明である。七重塔(現三重塔)に再建記録とほぼ同じと推測すると、応永年間に焼失後再建され、1585年(天正13年)、金森長近が姉小路頼綱の松倉城を攻めたさいの兵火で焼失する。この後、再建と考えられる。
1615年(元和元年)に三重塔が再建されるが、1791年(寛政3年)に暴風雨で倒壊。1821年(文政4年)再建されたのが現在の塔である。
1695年(元禄8年)、飛騨国が天領となり、高山城が取り壊され、一部は飛騨国分寺に移築され、鐘楼門などに利用されたという。

文化財
■ 重要文化財(国指定)
・本堂(室町中期)
・木造薬師如来坐像(平安時代) – 一木彫成。像高145.7センチメートル。
・木造聖観音菩薩立像(平安時代) – 伝飛騨国分尼寺本尊。像高204センチメートル。
・太刀(小烏丸(こがらすまる)の太刀、伝高原諏訪城城主江馬氏家宝)
■ 史跡(国指定)
・飛騨国分寺塔跡(奈良時代) – 七重大塔の心礎(心柱の礎石)、上面に径1.3メートルの円柱座と舎利孔がある。
■ 天然記念物(国指定)
飛騨国分寺の大イチョウ – 推定樹齢1250年、幹周10メートル、高さ28メートルの大イチョウ。古来「乳イチョウ」と呼ぶ。
■ 岐阜県指定重要文化財
・木造阿弥陀如来坐像(鎌倉時代) – 伝恵心僧都作。
・木造不動明王立像(鎌倉時代) – 護摩堂の本尊。
・三重塔(文政4年再建) – 高さ22メートル余。
■ 高山市指定文化財
・国分寺鐘楼門

・国分寺表門 附棟札 (略)

飛騨国国分尼寺は、国分寺の西約600m付近に建立されていた跡地は辻ヶ森三社となっており、境内から金堂の礎石などが発掘されている (略)

https://ja.wikipedia.org/wiki/飛騨国分寺

辻ヶ森三社(つじがもりさんしゃ)は、岐阜県高山市にある神社。旧社格は村社

祭神
・白山比売神(追記:加賀国の白山や全国の白山神社に祀られ、菊理媛神(ククリヒメのカミ)と白山比咩神(しらやまひめのかみ)と同一神)
・大山咋神(追記:大年神の子で、須佐之男命の孫神)
・熊野櫛御気野命

歴史
奈良時代に建立された飛騨国国分尼寺は、遅くとも平安時代末期には衰退したと推測される。言い伝えによると、その跡に国分寺の観音堂と仁王堂が移されたといい、1339年(延元4年)頃に観音堂を移し(現・飯山寺観音堂)、白山神社(白山比売神)を創建、この地の産土神とする。
1897年(明治30年)、熊野社(熊野櫛御気野命)、日枝社(大山咋神)を合祀して「辻ヶ森三社」と改称 (略)

境内
境内は飛騨国国分尼寺跡地である。1988年(昭和63年)社殿改築時の発掘調査で国分尼寺金堂の礎石が発見され、翌1989年(平成元年)2月7日に高山市の史跡に指定された (略)

https://ja.wikipedia.org/wiki/辻ヶ森三社

つまり、『「飛騨国」においても、奈良期に国分寺と国分尼寺が創建されており、『現在の飛騨国分寺』では、『室町中期の本堂』・『江戸後期の三重塔』・『高山城から移築されたらしい鐘楼門』などを見学できる一方、『飛騨国分尼寺』は、昭和になって金堂の礎石が発見され、『辻ヶ森三社=国分尼寺跡地』としての確証を得た』と言った理解になった次第です。

実際に、「辻ヶ森三神社(国分尼寺跡)」・「飛騨国分寺」を巡ってみると、「現在の境内その物は大きな範囲ではない」と思いますが、上記の事前情報を踏まえて巡ると、その歴史に思いを馳せてしまうもの。日本の律令国家時代の痕跡を高山で実感できるスポット」だと改めて思った次第です。

■ 飛騨総社

上記、「辻ヶ森三神社(国分尼寺跡)」・「飛騨国分寺」に付き記載しましたが、これとセットで考えるべきと認識するのが「国府」。そう「飛騨の国府」という事なのですが、少々調べてみると、「飛騨の国府の位置に関しては、現在確定情報が無い」という事らしく、「いくつかの説」があるようです(別記事で勝手な考察を加えておりますので、ご興味ありますればご参照ください(更新中))。まずは、「総社とは?」・「飛騨総社の概要」を抑えるべく、Wikipedia より引用いたします。

総社、惣社(そうじゃ、そうしゃ、すべやしろ)とは、日本で、特定地域内の神社の祭神を集めて祀った(= 合祀)神社のことである。総社宮、総神社、総社神社などとも呼ばれることがある。
多くは令制国の範囲で集めたものを指すが、荘園や郡・郷・村などの地域内のものを集めたものもある。祭神の合祀だけでなく、神社そのものの統合である場合もある。

概説
■ 国の総社
日本の律令制において、国司着任後の最初の仕事は赴任した令制国内の定められた神社を順に巡って参拝することであったが、平安時代になって国府の近くに総社を設け、そこを詣でることで巡回を省くことが制度化された

総社の多くは中世にいったん廃れたが、後に再興されたものも多い。ただし今に至るまで再興されずにいるものや、どの神社が総社だったのかわからなくなってしまった国もある。

■ 地域の総社
国の総社のように全国一律に同時期に設けられたものではなく、設けられた理由や時期、主導した人物等は地域によって様々である。規模も大小様々なものが存在している (略)

https://ja.wikipedia.org/wiki/総社

飛騨総社(ひだそうじゃ)は、岐阜県高山市にある神社である。旧社格は県社。飛騨国の総社である。延喜式神名帳所載八座(大野郡三座、荒城郡五座)と国史記載社十座を祀る (略)

祭神
■ 正殿主神
・大八椅命:大八椅命は最初の斐陀国造、天火明命の後裔。
■ 脇殿(延喜式神名帳所載八座)
水無神 (飛騨一宮水無神社祭神 位山)
・槻本神 (槻本神社祭神 大山津見神)
・荏名神 (荏名神社祭神 高皇産靈神)
・大津神 (大津神社祭神 大彦命、武渟河別命)
・荒城神 (荒城神社祭神 大荒木之命)
・高田神 (高田神社祭神 高魂命)
・阿多由太神 (阿多由太神社祭神 大物主神)
・栗原神 (栗原神社祭神 五十猛命)
■ 脇殿(国史記載社十座)
・大歳神 (大歳神社祭神)
・走淵神 (走淵神社祭神)
・四天王神 (四天王神社祭神)
・遊幡石神 (遊幡石神社祭神)
・渡瀬神 (度瀬神社祭神)
・道後神 (道後神社祭神)
・気多若宮神 (気多若宮神社祭神)
・本母国津神 (本母国津神社祭神)
・剣緒神 (剱緒神社祭神)
・加茂若宮神 (加茂若宮神社祭神)
■ 合祀
・伊邪那岐命
・伊邪那美命

・菊理姫命

沿革
平安時代の承平年間(931年~938年)の創建と伝えられる。1191年(文治2年)に最初の社殿が築かれる。しかし、室町時代になると衰退する。江戸時代の寛永年間に金森重頼により社殿の大改修が行われたが、1781年(天明元年)の天明の大飢饉の頃から再び衰退し、境内も縮小される。国学者である田中大秀(本居宣長門弟)は、その様子を嘆き、1808年(文化3年)に「飛騨総社考」を著して再興を願う。これをきっかけに1820年(文政3年)に再建され、境内も拡大する。
1887年(明治20年)より1890年にかけて大造営が行なわれ、南向きだった社殿を東向きにし、参道が整備される。
1952年(昭和27年)7月1日、岐阜県神社庁より県神社庁長参向指定神社(金幣社)の指定(金10号)を受ける (略)

https://ja.wikipedia.org/wiki/飛騨総社

個人的には『「国分寺・国分尼寺」があり、その北側に「飛騨総社」がある』という事は、(南北の位置関係は別ですが)「武蔵国の国府(大國魂神社=武蔵国の総社)の北に、武蔵国の国分寺と国分尼寺があった」様に、『飛騨国においても、「飛騨総社付近が飛騨国の国府」だった』のでないかと思ってしまったと同時に、『まず奈良期に、別の場所に「飛騨国分寺・国分尼寺が創建(その付近に飛騨国府も設置)」され、その後「飛騨総社の創建と併せて飛騨国府を移転(=飛騨国分寺・国分尼も併せて移転)」した可能性もあるのでか(=国府移動説?)』と思ってしまった次第です(「飛騨国府の位置」については、別記事で勝手な考察を加えておりますので、宜しければご参照ください(更新中))。

尚、実際の「大人散策@飛騨総社」ですが、現在の境内はさほど大きくはありませんでした為、参拝時間は非常に短かったのですが、「さすが飛騨の総社」と言った感じで中々の雰囲気社殿も中々の風格がある建造物で、社殿の向きが、「南向き ⇒ 東向きに変更になった痕跡?」とおもせる様なスポットもあり、その歴史に思いを馳せる事が出来ました。「飛騨国府の位置は?」と言った「壮大な疑問」と共にお参りし、そして御朱印を頂戴して「大人散策@飛騨総社」をコンプリートした次第です。

【最後に】


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以上が、「徒歩で巡るには少々非効率な飛騨高山の観光スポットに付き『車で巡る飛騨高山の大人散策スポット!』として紹介」申し上げた内容になります。

飛騨高山の市街地から、少々離れたいくつかの大人散策スポットに付き紹介させて頂きましたが、いかがでしたでしょうか? 個人的には、正直、もう少し脚を運びたいスポットもいくつかあったのですが、3泊4日と言う限られた時間の中、出来る限り多くのスポットを、効率的に回る事が出来た内容ではなかったかと思っている次第です。本ブログでは、今回紹介申し上げた「車で巡る飛騨高山の大人散策スポット」に加え、「3泊4日・飛騨高山・白川郷の旅のまとめ(更新中)」、「高山市街地(古い街並み含む)を徒歩で巡るスポット」、「大人散策@高山城」、「大人散策@高山陣屋」、「セットで巡る白川郷・五箇山の合掌造り集落」、「櫻山八幡宮」、「飛騨山王宮 日枝神社」、「飛騨一宮 水無神社と言った内容の記事もございますので、併せてご参照頂ければ幸いです。皆様の「大人散策@飛騨高山」が充実したものになる事切望しております!

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