高山陣屋とはどんな施設?
高山陣屋は江戸幕府が飛騨を直轄領として統治するために設置した代官所・郡代役所で、全国に残る唯一の陣屋建築です。
高山陣屋の歴史は?
1692年に飛騨が幕府直轄領となり、以降177年間にわたり代官・郡代が政務を行いました。明治維新後は県庁舎としても利用されました。
高山陣屋の見どころは?
御役所・御白洲・蔵番所・御用場など、当時の行政機能を示す建物が現存し、庭園や米蔵群も見応えがあります。
高山陣屋と高山城の違いは?
高山城は、戦国~江戸期初めの金森氏の城郭、高山陣屋は幕府直轄後の行政施設で、役割と時代背景が異なります。
こちらのページでは、「高山陣屋における大人散策情報として、その概要・歴史・館内図・見所と言った内容で紹介」させて頂きます。
📚本記事で得られる情報📚
✅「高山陣屋」の概要・歴史
✅「高山陣屋」の館内図・見所(多くの写真有り)





いきなりですが…。「城郭@飛騨高山」と聞くと皆様は何を連想されますでしょうか? 自身の場合は、本記事で紹介する「高山陣屋」なのですが…。しかし、実際には、別記事で紹介しております「高山城址」と言うのもあります…。でも、「高山城と高山陣屋の違い」って何でしょうか? 「場所が違う」という事もあれば、「目的が違う」・「時代が違う」等々、様々あるでしょうが、それぞれの概要の理解も甘いですし、それぞれどんな歴史を歩んできたのかに関する理解も甘いと思っています。その様に考えてみると、この地域の方には当たり前の知識であっても、そうでない方(自身も含みますが…)にとっては、中々の難題…。更に、「高山城は、当時の遺構がほとんど残っていない」のに対して、「高山陣屋は、江戸期からの構造物が現存する」と言う違いもある理解。つまり、実際の散策にあたっては、「少なからず概要と簡単な歴史や見学ポイント」を抑えないと、ただの散策になってしまう…(=大人散策にならない…)」と思ってしまった次第です。
「と言訳で…」ではありませんが、こちらのページでは、そんな疑問を抑えつつ、高山陣屋における大人散策情報を共有させて頂こうと思います。すなわち、「高山陣屋における大人散策情報として、その概要・歴史・館内図・見所と言った内容で紹介」させて頂きます。
【高山陣屋とは?・高山城と高山陣屋の違いは?】
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別記事記載の「大人散策@高山城」においても、ほぼ同様の内容を記載いたしましたが、まずは、「高山陣屋の概要・歴史」から抑えさせ頂きます。Wikipedia を調べてみると以下の様にあります(引用後にまとめますので、引用自体は読まなくても大丈夫です)。
高山陣屋(たかやまじんや)は、江戸幕府が飛騨国を直轄領として管理するために設置した代官所・飛騨郡代役所(陣屋)。現在の岐阜県高山市八軒町に置かれた。敷地と建物内は有料で一般公開され、内部には江戸時代の歴史資料などが展示されている。表門の手前では毎日朝市が催されており、高山市内においては宮川朝市と並び陣屋朝市として親しまれている。
■ 建造物
・現存建物
表門・門番所、一~四番蔵・九~十二番蔵、書物蔵。郡代役所は玄関・吟味所・御役所・大広間などの部分に1816年(文化13年)に改築。
敷地内の土蔵は、元々慶長年間(1600年前後)に高山城内に建設され、1695年(元禄8年)に現在地に移築されたものである。建物の屋根は熨斗葺(のしぶき)、柿葺(こけらぶき)、石置長榑葺(いしおきながくれぶき)など、いずれも板で葺かれている。これは飛騨が雪国であるとともに木材の生産地であり、当時の瓦では雪で容易に損耗してしまうのに対して、木材は入手が容易であったためとされている。■ 歴史
元来は飛騨高山藩主であった金森氏の所有する下屋敷だったが、1692年(元禄5年)に幕府が飛騨を直轄領として以降、伊奈忠篤らによって整備され、代官所として用いられるようになった。1777年(安永6年)以降は郡代役所となった。
明治維新後は筑摩県の高山出張所(のち岐阜県高山支庁)庁舎として用いられた。1929年(昭和4年)には国の史跡に指定されたものの、様々な公共機関の事務所として利用され続けた。戦後も県事務所として利用されていたが、1969年(昭和44年)に県事務所が移転した後、現存する唯一の陣屋であることから文化財として保存する方針が示された。1996年(平成8年)3月に、1830年(天保元年)の絵図を基に約20億円を掛けて蔵番長屋、郡代役宅、奥座敷などが、ほぼ江戸時代の状態にまで復元された (略)







また、「高山城と高山陣屋の違い」を抑える意味でも、「高山城の概要・歴史」も併せて抑えさせて頂きます。Wikipedia を調べてみると以下の様にあります(引用後にまとめますので、引用自体は読まなくても大丈夫です)。
高山城(たかやまじょう)は、飛騨国大野郡高山(岐阜県高山市)にあった戦国時代から江戸時代前期の日本の城。岐阜県指定史跡。
構造
標高686.6mの城山(臥牛山、巴山ともいう)に築城された平山城で、曲輪、堀、石垣、土塁などの遺構が残る。望楼型2重3階の非実戦的な天守を持つ御殿風の古い城郭形式は、織田信長が築城した安土城の影響を受けたものと見られている。歴史
・室町時代、文安年間
飛騨守護・京極氏の被官、多賀出雲守徳言が天神山城(多賀山城)を築城。
・永正年間
高山外記が山頂部に天神山城を築城。付近を高山と呼ぶようになったというが異説もある。
・戦国時代
三木自綱が高山へ進出、飛騨を平定、松倉城を築城した。越中の佐々成政と同盟し、豊臣秀吉に対抗したことから、1585年(天正13年)豊臣秀吉の命を受けた越前大野城主金森長近が三木氏を攻め、飛騨を制圧し、飛騨3万3千石の領主となる。当初、長近は鍋山城を居城としたが、1588年(天正16年)天神山城跡を利用して高山城を築城。1600年(慶長5年)までに本丸・二の丸を完成させ、その3年後までには三の丸が整備された。築城と同時に城下町の整備も進められ、高台に家臣屋敷を建設し、下段の三町を町人の町とした。そして京都に倣って東山に寺院を集めた。
・1692年(元禄5年)
金森頼旹の出羽国上山藩への国替えにより、高山城は加賀藩主前田綱紀が預かった。
・1695年(元禄8年)
幕府領となったため、幕命により高山城は前田綱紀により破却される。現在は、岐阜県高山市空町城山公園。城跡は県指定史跡であるとともに、野鳥生息地(「高山城跡及びその周辺の野鳥生息地」)として天然記念物にも指定されている (略)
簡単に言ってしまえば、下記の理解になった次第です。
- 高山城:室町期にその歴史が始まり、戦国期の終わり(江戸期直前)に「金森氏」によって整備された城郭
- 高山陣屋:江戸期の初~中頃にかけ、江戸幕府が飛騨国を直轄領として管理するために設置した代官所
つまり、「現在みられる高山城の遺構は、『金森氏』が、この地を支配するために、『戦国期の終わり位』に改修した『城郭跡』」で、「高山陣屋は、『江戸幕府』が、『直轄用としてこの地域を管理(木材・鉱山資源確保が主な目的?)』する為に設置した代官所(=陣屋)」と言う理解になった次第です。言い換えると、以下の違いがある理解になった次第です
- 時代:「高山城:室町期~江戸期初~中頃」 vs 「高山陣屋:江戸期初~中頃以降」
- 所有者:「高山城:金森氏」 vs 「高山陣屋:江戸幕府」
- 目的:「高山城:金森氏によるこの地域の支配」 vs 「高山陣屋:江戸幕府による(恐らく木材・鉱山資源確保を目的とした)この地域の管理」
更に高山陣屋は、「全国にたった1つだけ現存する “徳川幕府郡代役所”」で、全てではないものの「江戸期からの現存建造物」を拝見できるスポットでもあるので、『「イマジネーションで楽しむ高山城」vs「現存建造物をベースにした高山の歴史を楽しむ高山陣屋」』と言った印象を持った次第です。
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上記、「高山陣屋の概要・歴史」を、「高山城との違い」と併せて抑えさせて頂きましたので、こちらでは「高山陣屋における実際の大人散策情報」を共有させて頂きます。「①実際の訪問にあたって押さえておきたいポイント2点」と「実際の訪問の様子」をそれぞれ、以下に記載いたします。
■ 事前に抑えておきたい情報
・ 江戸期からの現存建造物が残る高山陣屋
先に記載しました通り、「高山陣屋は、全国にたった1つだけ現存する “徳川幕府郡代役所”」で、全てではないものの「江戸期からの現存建造物」が拝見できる大人散策スポットです。言い換えると「どの部分が “江戸期からの現存建造物” なのか?」を抑えてから、実際の訪問をして頂くと、「高山陣屋に対する理解」がさらに深まると言った認識をしている次第です。
以下に、現地の「高山陣屋の内部図」をベースに、「どの部分が “江戸期からの現存建造物” なのか?」を図示します。上記引用に同様で、下記の画像と共にご参照頂きたいのですが、「江戸期からの現存建造物@高山陣屋」は以下の通りです。
- 表門(御門)・門番所
- 一~四番蔵・九~十二番蔵
- 書物蔵
- お役所エリア:玄関・吟味所・御役所・大広間などの部分


・ お仕事の場@高山陣屋 vs 代官・郡代の居住スペース@高山陣屋
上記、「どの部分が “江戸期からの現存建造物” なのか?」に付き記載しましたが、『高山陣屋は、「お役所」 & 「代官・郡代の住まい」』でもある理解。つまり、『「どのエリアがお役所機能」を司っており、「どのエリアが代官・郡代のプライベート空間だったのか?」』に関しても理解してから、訪問されると大人散策の質が更に向上できると思う次第です。以下画像にて、「お役所機能のエリア」と「代官・郡代のプライベート空間」のエリアをそれぞれ図示しますので、こちらも併せてご参照ください。


■ 実際の大人散策@高山陣屋
上記、「事前に抑えておきたい情報」に付き記載しましたので、以下、実際の「大人散策@高山陣屋」につき、多くの写真と共に共有します。見学ルートがしっかりと明示されており「所要時間 “45分” の感じで巡った内容」になりますので、内部の案内図と併せつつご参照頂けますと幸いです。
・ 御門・玄関 ~ 台所
現存の「御門」を潜り、入場料を支払って、「御門」の全体図と併せ「門番所」を拝見しつつ、「玄関」から内部にお邪魔しました。内部に入ってすぐ、「玄関の間」に「青海波」の装飾が、お出迎えしてくれます。その後「御役所・御用場(お役人の執務室?)」・「御白洲(北側:お役所窓口?)」・「寺院/町年寄/町組頭詰所」・「役人出勤口(身分にお応じていくつかある出入口の1つらしい)」・「高山陣屋 湯呑所(役人休憩所的な感じ?)」・「高山陣屋 勝手(役人の為の給湯室?)」・「 書役部屋(書類作成等をするバックヤード?)」と言った「お役所機能のエリア(北側)」を拝見させて頂きました。歴史を感じる空間で、建造物の視点でも風格があり、「兎をかたどった釘隠しの装飾(真向きうさぎの釘隠し)」も拝見出来、歴史・文化の両面で楽しむ事が出来ます。そしてその後は、「代官・郡代のプライベート空間」に進みました。
























・台所 ~ 御蔵
「代官・郡代のプライベート空間」では、「座敷(代官・郡代が客を接待したと言われるらしい…)」・「用人部屋」・「中ノ口(代官・郡代のプライベートスペースへの出入口)」・「女中部屋」・「台所」・「御居間(郡代・代官生活の場?嵐山の間?奥に茶室も…)」・「御奥(奥方のお部屋?)」・「居間(郡代・代官の執務室?)」と見学させて頂きました。現存建造物ではない理解ですが、忠実に復元されている理解で、「確かに生活感を感じる空間」だと思ったのと同時に、「代官・郡代のお住まいとしてはちょっと狭いのでは?」とも思ってしまった次第です…。その後、再び「お役所機能のエリア(南側)」に歩を進めました。
























・ お役所機能エリア(南側)・御蔵 ~ 敷地内を余すところなく見学
「お役所機能のエリア(南側)」に戻ってまず拝見したのは「大広間」。襖でいくつかに分かれる様ですが、全体では30畳くらいあるエリアに思え、高山陣屋において最も広いお部屋との事。「現代風に言えば “会議室” かな?」と思った次第です。また、「大広間脇の廊下からの庭園の景色」も中々で、しばし脚を止め、庭園干渉されるのも良いと思った次第です。
その後、「使者の間」を拝見し、その先には(南側にも)「御白洲(罪人を吟味した場所?)」があります。拷問機具の展示もあり、少々怖い感じがしますが、そのまま歩を進めると「御蔵」の方に向かう事が出来ます。「御蔵」も「現存建造物」の理解ですが、修繕が繰り返されているためか、外観はさほど古さを感じませんでした。しかし内部の梁等は、時代を感じるもので、内部の展示と共に楽しませて頂き、建造物内部の散策は終了。その後外に出て「御白洲(南側)の外観」と「仮牢跡」、北側に歩を進め「御白洲(北側)の外にある腰掛」・「御白洲(北側)/町組頭/年寄詰所の外観」、御役所エリア北側にある「書物蔵」・「元締役宅/手付・手代役宅跡」等と併せて「現像建造物の外観」も拝見させて頂きました。
正直「江戸期からある現存建造物」ですので、今少し「時代を感じる建造物」を想像していましたが、実際は手入れが行き届いている為か「古さを感じないが、歴史は感じる建造物」と言った印象を持った次第です。















































【最後に】
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「旅をする」のもいいですが、「旅を贈る」のもいいかもしれません…
以上が、「高山陣屋における大人散策情報として、その概要・歴史・館内図・見所と言った内容で紹介」申し上げた内容になります。
高山陣屋における、現地の写真を含めた概要・歴史に付き共有させて頂きましたがいかがでしたでしょうか? 上記、「古さを感じないが、歴史は感じる建造物」と言った感想を記載させて頂きましたが、これはあくまでも個人的感想。つまり、皆様には「皆様なりの視点」があると思うという事で、もしかしたら違った感想をお持ちになる方もいらっしゃるかもしれません。ただ一方で、「高山陣屋は、飛騨高山における主役の1つ」である事に対しては、多くの皆様がご賛同いただけるのではないかと思いますので、飛騨高山に脚を運んだ際は、「高山の街並み」は勿論ですが、「大人散策@高山陣屋」も楽しんでみてはいかがかと思う次第です。
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