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信濃追分宿:北国街道と中山道が分かれる宿場町を大人散策! (長野)

信濃追分宿

【基本情報:北国街道とは? 追分宿とは?】

皆さんは、北国街道と言うと、どの道を思い出すでしょうか?

これは私の勝手な思い込みかもしれませんが、関東の人は、長野(信濃)・新潟(越後)を結ぶ北国街道、関西の人は、滋賀(彦根・長浜)・福井(越前)を結ぶ北国街道とそれぞれ違いがあるのは無いでしょうか? この他、脇往還があったり、範囲を広げて考えたりするケースもある様で、同じ名前でも範囲や道その物に違いがある事、そしてそれを良しとしている事は、日本人らしいと思うのは、私だけでしょうか?

今回ご紹介するのは、中山道と信濃の追分宿で分かれ、善光寺を経由して、新潟の直江津に至る北国街道の正にその始まりである信濃追分の大人散策情報をご紹介します

信濃追分宿は、長野県軽井沢町にあり、追分宿をWikipedia で検索すると、以下の様な記載があります。

追分宿(おいわけしゅく)は、中山道六十九次のうち江戸から数えて二十番目の宿場。現在の長野県北佐久郡軽井沢町追分にあたる。北国街道(北陸道)との分岐点でもあり「追分」の名はこれに由来する。元禄時代には旅籠屋71軒、茶屋18軒、商店28軒を数え、飯盛女も最盛期には200~270人もいたとされるほど栄えた。また、民謡に多く見られる追分節の発祥の地である。旧脇本陣の油屋は、堀辰雄や立原道造、室生犀星らに愛され、堀辰雄の小説『菜穂子』、『ふるさとびと』に登場する牡丹屋という旅館はこの油屋がモデルである(略)”

https://ja.wikipedia.org/wiki/追分宿

また、アクセス情報を記載しますと、電車のアクセスですと、しなの鉄道・信濃追分駅が最寄りの駅になる様で、駅から信濃追分の「追分宿 分去れの道標」までですと2㎞強ですので、徒歩ですと30分前後かかると思われます。しかし多くの方は車を利用されるようです信濃追分宿は、中山道と北国街道が分かれる「追分宿 分去れの道標」の江戸側(=追分手前の中山道沿い)にあり、その中山道を「追分宿 分去れの道標」から江戸側に1㎞程進むと、現在は駐車場があります。100台くらいは駐車できそうなスペースだと思われ、多くの方がここに駐車をし、徒歩で信濃追分宿を「「追分宿 分去れの道標」まで徒歩で往復されている様です。この駐車場の近くには、追分宿郷土館がありますので、こちらを目印に駐車場を探されてはいかがかと存じます。

【信濃追分宿を大人散策】

私達夫婦も、追分宿郷土館近くの駐車場に車を停め、往復で信濃追分宿を大人散策しました。別記事で紹介しております、近くの小諸宿海野宿上田城近くの柳町、更にはちょっと離れますが、会津の大内宿といった宿場と比較しても雰囲気は異なります。イメージ的には、「(別荘地ではないと思いますが)高原の別荘地の中にある宿場町で、現代風に綺麗に整備された道を散策出来、所々に歴史を感じさせるスポットがある、さほど観光地化されていない旧宿場」と言った所でしょうか?

そんな勝手なイメージを持つ信濃追分宿ですが、以下に歴史を感じるスポットを紹介致します。全体の行程のイメージは、信濃追分宿の東側の無料駐車場から、いくつかのスポットを見つつ、「追分宿 分去れの道標」までを往復する、2-3㎞位の行程です。最下部のGoogleマイプレスで作成した地図と併せて大人散策の参考になさって頂ければ幸いです。

・駐車場~追分宿資料館/浅間神社

駐車場に車を停め、早速追分宿の大人散策を開始です。駐車場入り口付近には、「天皇陛下御製碑」があり、駐車場を出たすぐ脇には、散策マップがありますので、散策のイメージをまずは持っていただいてからスタートするのが宜しいかと思います。その駐車場を出た向かい側に常夜燈があり、その先がすぐに浅間神社となっております。中山道からは、水路を超える形で、浅間神社に入りますが、その水路の流れは美しく、心が洗われます。また浅間神社は、小さななお社ですが、雰囲気のある空間になっており、そのお隣には、追分宿資料館があります。資料館内部の写真は撮ってませんが、追分宿散策に向けて、予備知識を得るには良いスポットだと思いますので、散策前に立ち寄られてはいかがかと思います。

・中山道追分宿本陣表門

資料館を出て、西に500m程進むと、「中山道追分宿本陣表門」が左手に出てきます。その奥は、堀辰雄文学記念館になっている様ですが、おすすめは、門から伸びるアプローチ。写真にある通り苔むした、緑のまぶしいこのアプローチはホントに絵になる空間です。本陣表門と併せて脚を運んで見て下さい。

・中山道追分宿脇本陣油屋

中山道追分宿本陣表門を出て、数十m西に進むと、中山道追分宿脇本陣油屋が右側に出てきます。奥に入ると立派な建物があり、内部はショップになっています。個人的には、ショップよりも見ごたえある建物をご覧いただければと思います。また、油屋の道を挟んだ向かい側には、いくつか飲食店もございますので、併せて利用されても宜しいと思います。

・中山道追分宿旧高札所

油屋を出て、西側数十mの先に、高札所があります。その脇には、「本陣」の表札の様な物もありましたが、現在は個人邸の様に見えました。ただこの場所が、信濃追分宿の中心地であったことは、容易に想像できる場所です。

・泉洞寺

高札所から更に西に進むと、かわいらしい石像が出てきます。この先を進むと、泉洞寺があります。入口は、モミジの参道になっており、「秋に来たらさぞかし美しいだろう」と思える空間で、入口付近には綺麗なお顔をした石像が迎えてくれます。境内には、通りで見た石像と同じように、かわいらしいお地蔵様と立派な梵鐘があり、そのミスマッチが面白い寺院です。

・枡形の茶屋 つがるや

泉洞寺を出て西に進むとすぐに、「枡形の茶屋 つがるや」やが出てきます。確かに歴史のある建物だとは思いますが、中々その威光を感じるだけの保存状態には無いようで、歴史の一部としてみて頂くべきかと思います。

・追分宿 分去れの道標

「枡形の茶屋 つがるや」の目と鼻の先に、「追分宿 分去れの道標」があります。道標の奥公園の様な、三角形のスペースになっており「確かに追分だ!」と感じる事が出来ると思います。とは言っても、観光スポット的要素はあまり感じられなので、この道標付近に立ち、北側の北国街道と南側の中山道のそれぞれ先の道中に思いを馳せ、ここを通った多くの旅人の思いを考える、正に大人散策スポットではないかと思った次第です。

・シャーロック ホームズ像

少々オマケ的要素は否めませんが、この「追分宿 分去れの道標」を北国街道側で今少し西に進んだ北側に、シャーロックホームズの像が飾られた公園があります。信濃追分宿とシャーロックホームズの関係性は理解できていませんが、雰囲気の良いスポットでしたので、宜しければ脚を延ばしてみてはいかがかと思います。

ここまで来たら、折り返しで来た道を、駐車場までそのまま戻り、散策は終了となります。同じコースを往復する形になるので、行きと帰りで、目的を変えて散策されても良いかと存じます。ちなみに私達夫婦の場合は、行きは上記スポットを巡り、帰りは「追分宿 分去れの道標」付近にあったタイ焼き屋さん(たいやきさとう)でタイ焼きを購入し、おいしいタイ焼きを食べながら駐車場まで戻りました。

【最後に】

以上が、信濃追分宿の大人散策情報になります。

先にも記載しましたが、あくまでも個人的なイメージとして、「高原の別荘地の中にある宿場町で、現代風に綺麗に整備された道を散策出来、所々に歴史を感じさせるスポットがある、さほど観光地化されていない旧宿場」の様な印象を持った場所です。

道の途中には、誰でも自由に借りられるものだと思いますが、本棚が配置されており、そこに住まう方の文化性の高さを感じる事もで来ますので、散策させて頂く側も、信濃追分宿の散策にあたっては、皆様の心の中で、ここを昔通った旅人の思いや、先にある中山道・北国街道の様子を連想しながら散策されると、ただの散策ではなく、大人散策になるのでないかと思った次第です

そんなそれぞれの思いを馳せる事が出来る宿場町・信濃追分宿、機会がありますれば、皆様も足を運んでみてはいかがでしょうか?

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