慈光寺

【はじめに】

こちらのページでは、埼玉県ときがわ町にある、1350年程の歴史を持つ「慈光寺」につき、その歴史や周辺の自然に関し、大人散策情報をご紹介致します

皆様は、「坂東三十三観音」って聞いた事、ございますでしょうか? 別記事、岩殿観音・正法寺の大人散策の記事でも紹介しておりますが、Wikipediaには、以下の様にあります。

(略) 坂東三十三観音(ばんどうさんじゅうさんかんのん)は、神奈川県・埼玉県・東京都・群馬県・栃木県・茨城県・千葉県にまたがる33か所の観音霊場。 

概要 

源頼朝によって発願され、源実朝が西国の霊場を模範として札所を制定したと伝えられている。第一番札所の杉本寺から第三十三番札所である那古寺までを巡拝すると、その道程は約1,300キロメートルにもなる。巡礼者は全ての札所を巡拝(結願)すると、善光寺および北向観音に「お礼参り」をすることが慣わしとされている(上記2寺を参拝して結願とする場合もある) (略)

https://ja.wikipedia.org/wiki/坂東三十三観音

私達夫婦が、こちらの寺院「慈光寺」を始めて知ったのは、別記事で紹介しました、岩殿観音・正法寺の大人散策の後岩殿観音に参らせて頂き、帰宅後その日の大人散策コースを地図でレビューしている際に、(こちらも別記事で紹介しておりますが)「巡礼街道」なる道を地図上で発見した事にはじまります。「巡礼街道って何?」と思いつつ地図を辿っていくと、現在では、一般的には、あまり通らない道が、明覚駅の方に伸びているのです。

そこでふと思った事は、「岩殿観音(正法寺)が、坂東三十三観音・10番だから、9番って何処だ?」と言う事です。「10番・岩殿観音で、東に行くと11番・吉見観音(安楽寺)なので、西に延びる道は、9番に伸びているはず」と…。巡礼街道は、明覚駅に近づくにつれ、地図から見あたらなくなってしまいますが、「坂東三十三観音・9番」で調べてみると、「慈光寺」の名を発見し、地図で改めて拝見すると、明覚駅から更に西の方面、結構な山の中に「慈光寺」を発見した次第です。(別記事にて、13番の浅草・浅草寺についても紹介しております)

こちらのページでは、巡礼街道」の発見に始まる、「坂東三十三観音・9番・慈光寺」に付き、その概要や境内の見所、その周辺の信仰と自然を感じる道も含め、大人散策情報を紹介致します。尚、地図に関しては、最下部の「茶色の☆」の部分をご参照ください。

【「慈光寺」の概要】

まずは、慈光寺の概要から抑えさせて頂きます。早速、Wikipediaの力をかり調べてみますと、次の様にあります。

慈光寺(じこうじ)は、埼玉県比企郡ときがわ町にある天台宗の寺院である。山号は都幾山。院号は一乗法華院。本尊は千手観音で、坂東三十三観音第9番札所

歴史
伝承によれば、天武天皇2年(673年)、興福寺の僧慈訓が千手観音を安置し、その後宝亀元年(770年)道忠が開山となって創建されたという。平安時代の貞観年間(859年 – 877年)には勅願所となり、天台宗の別院となりその中心的な寺院となった。その後、源頼朝をはじめ徳川将軍家などの帰依を得た

文化財 国宝
法華経一品経・阿弥陀経・般若心経 33巻(附筆者目録1巻、補写目録1巻)東京国立博物館寄託 – 鎌倉時代の作品。昭和29年(1954年)03月29日指定 (略) 

https://ja.wikipedia.org/wiki/慈光寺_(埼玉県ときがわ町)

上記の通り、673年からの歴史がある様ですので、「1350年程の歴史を持つ寺院」と理解していいと思います。また、「国宝の文化財」まで所有している寺院(国立博物館に寄託している様ですが)との事の様です。更に、上記、Wikipediaの項目を読み進めると、重要文化財(開山塔・銅鐘 ・金銅密教法具・大般若経 152巻 貞観十三年安倍小水麿奥書(関東地方最古の写経)、埼玉県指定文化財、埼玉県指定天然記念物の記載もあります。

あまり想像していなかった為か、ただ単に無知だっただけなのか、結構な驚きがあり、誤解を恐れず申し上げると、かなりの山の中の寺院ですが、「すごい歴史と信仰の詰まった重要な寺院」と認識しました次第です。

【「慈光寺」内の散策情報】

上記、「すごい歴史と信仰の詰まった重要な寺院」慈光寺へは、明覚駅から、徒歩で参らせて頂きました。途中寄り道しながらの大人散策でしたし、最後の慈光寺までの2㎞位は、山道でそれなりの疲労感があった事、記憶しております。明覚駅周辺の大人散策スポットは別記事で紹介しておりますので、ここでは慈光寺内と慈光寺周辺の山道(参道)の様子含め、大人散策情報を記載いたします

・開山塔

まずは、開山塔から開山塔が治められている(と思われる)お堂は、本堂よりも一段低い、舗装道の袂にあります。開山塔その物は、お堂の中で、そのお堂も柵に囲われているので、拝見する事出来ませんでしたが、室町時代後期の物と伝わる国の重要文化財ですので、当然と言えば当然だと思いますが、そこに室町時代から伝わる塔がある事に思いを馳せて頂きたいと思います。

・釈迦堂跡 / 銅鐘(鐘楼)

開山塔の隣には、釈迦堂跡があり、その脇を山門に続く石段の傍らには、銅鐘がございます。現地の説明看板によると、昭和60年11月26日、釈迦堂や鐘楼が火災により、釈迦如来像、蔵王権現像などが焼失してしまったそうです。しかし、この銅鐘は残り、現在の鐘楼は、平成2年に再建された物と理解しました。

・山門

上記、銅鐘(鐘楼)の脇から伸びる石段を進むと、山門が出てきます。大きくはありませんが、堂々とした門で、こちらのお寺の格式を感じさせてくれる佇まいです。

・阿弥陀堂

山門の先には、阿弥陀堂がございます。こちらで、御朱印を頂戴する事が出来ます(お邪魔した際は、本堂にご住職がいらっしゃらなかった様で、引き戸を開けたら呼びベルが、かなり大きな音で響き渡り、ご住職が外からいらっしゃいました…)。また、こちらには、写しですが、国宝・「慈光寺経」を拝見させて頂く事が出来ました。慈光寺のHP(https://www.temple.or.jp)には、以下の様にございます。

「慈光寺経」装飾法華経信解品(そうしょくほけきょうしんげほん)

国宝「慈光寺経」は、国宝「久能寺経」、国宝「平家納経」についで鎌倉時代初頭につくられた三大装飾経の掉尾を飾る優婉華麗な名品です。
元久3年(1206年)3月7日、大政大臣藤原良経の急逝を後鳥羽上皇(1180~1239年)がいたく悲しまれ、中宮宜秋門院(1173~1238年)を中心に営まれた一品供養協経といわれています。往時の高雅な宮廷文化の美を蔵して、奇しくもここ比企山中に伝承されました。

https://www.temple.or.jp

・多羅葉の木

阿弥陀堂(本堂)の前には、多羅葉の木があります。現地説明文によると『「郵便葉書(はがき)」の語源になった』との事で、樹齢は1200年程になると言われていいるそうです。

・時の鐘

山門をくぐる前の銅鐘を鳴らす事は出来ませんが、こちらの時の鐘」は突いても良いとの事です(「300円以上の奉納」と書かれていましたが…)。

・宝物殿

上記記載しました阿弥陀堂(本堂)で、御朱印を頂く際に、宝物殿の入室に関しても、奉納させて頂き、拝見させて頂きました。宝物殿の中には、様々展示物ありましたが、私達夫婦には少々難しく、あまりそれぞれの価値を理解しきれませんでしたが、歴史や信仰における文化を感じさせてくれるものでした(写真撮影して良いか否か迷った末、内部の写真は撮影しませんでした…)

・般若心経堂

宝物殿の先にの石段を上ると、比較的新しい建物・般若心経堂には、レプリカのはずですが「妙法蓮華経 授記品第六」等が、展示されています。レプリカと言えど、中々の見応えがあるもので、慈光寺で外してはいけないスポットの一つだと思いました。

・観音堂

石段を登ってたどり着いた般若心経堂のちょっと先に、更に急な階段が目の前に出てきますので、この階段を上った先が、観音堂になります坂東三十三観音第9番札所たる由縁の本尊「木像千手観音立像」が安置された、観音堂です。現地説明看板によると、観音堂は1803年に建てられた物(平成の頭に改修した様子)で、歴史を感じるものです。また、建物内部には入れませんでしたが、天井付近には白馬の像(夜荒らしの名馬)がいらっしゃいました。内部にあるはずの千手観音様の頭部は1549年、体部1802年に制作されたと現地説明看板にあり、歴史を感じずにはいられない、慈光寺で絶対に外してはいけないスポットだと思った次第です。

【「慈光寺」周辺の散策情報】

上記、慈光寺内の大人散策情報を記載いたしましたが、慈光寺に至る山道も、ちょっとハードですが、中々の大人散策スポットです。以下に、その道々における大人散策スポットをご紹介いたします。尚、こちらで紹介するスポットは、「宿」という交差点から、慈光寺迄とさせて頂き明覚駅から「宿」の交差点迄は、別記事にて紹介しておりますので、併せてご参照頂けますと幸いです。

・女人堂

「宿」の交差点から山の方に向かって、すぐの所に、「女人堂」が出てきます。恐らく、「昔は慈光寺は女人禁制であったんだなー」と思ってしまうスポットで、時代の流れを感じてしまいました。

・舗装路をつなぐショートカットの道(元々の参道?)

女人堂を過ぎ、舗装された道を登って行くと、つづら折りの道が続いていますが、車の通れいない(徒歩でしか行けない)山道(参道)が、舗装された道をショートカットする様にいくつかあります「参道」の石柱もありますので、「昔の参道が今でも残っているんだなー」と思いながら、散策する事が出来、大人散策の演出として中々の雰囲気を醸し出しています。

・「聖徳太子」と記載のある石碑と広場(女人堂跡?)

上記いくつかあるショートカットの山道(参道)の後半に近い所に、「聖徳太子」の石柱に加え、いくつかの石碑、並びに広場的なスペースが出てきます。ここには、念仏堂・女人堂跡」と石柱(説明看板)がありました。ここを今しばらく登ると、下記、慈光寺の山門跡と言われる青石塔婆群に出る事を踏まえると、「女性もここまではこれたのかな?、ここまで来て参拝出来ないのはかわいそうだな…」と言った、現代的な考えが頭をよぎってしまいました。

・青石塔婆(山門跡の板碑群)

上記、広場的なスペースをほんの少し登り、つづら折りに遠回りしてきた舗装路を渡った目の前に、青石塔婆(山門跡の板碑群)が出てきます。大きさ的にも、数的にも、中々見応えのある板碑で、昔の山門跡と言われるその場所は、信仰心の大きさとそこから生まれる文化性を感じさせてくれるスポットです。

・季節の花々(シャガ)と新緑、桜/紅葉も?

今回慈光寺にお邪魔したのは、4月の後半。美しく清々しい、でも凛とした雰囲気を感じる新緑の中を大人散策させて頂きましたそんな中に多く見られたお花が「シャガ」。「釈迦」と音が似ているせいか、木陰に凛と咲く姿のせいかわかりませんが、慈光寺に向かう道々で見られる「シャガ」の花は、お寺の参道にふさわしい雰囲気を醸し出していました

また、桜の木々も目に付き、落葉樹もあった事から、季節を通じて大人散策を楽しめるコースではないかと思った次第です。

【最後に】

以上が、埼玉県ときがわ町にある、坂東三十三観音第9番札所・慈光寺における、境内/周辺も含めた大人散策情報の紹介になります。

信仰心と共に長い歴史を持ち、全てが実物ではありませんが、芸術性すら感じる国宝や国の重要文化財を拝見でき、周囲では自然を満喫しつつ大人散策が楽しめる慈光寺とその周辺。別記事で紹介中の明覚駅付近のスポットと併せて、大人散策できるスポットです。

明覚の駅から往復するとそれなりの距離になるので、それなりの疲労感も出てくると思いますが、達成感の高い大人散策になると思いますので、皆様も大人散策に挑戦してみては如何でしょか?

尚本ブログでは、諏訪大社熱田神宮大宮氷川神社川越喜多院と言った有名何処の神社仏閣に加え、日本三大怨霊 / 日本三大八幡 / 神社の社格 / 神社のカテゴリー分類と言った内容に関する考察の記事も記載しております。以下に、本ブログで記載した(一部記載が追い付いていない神社仏閣もありますが…)祭神の系統や社格(神社)や宗派(仏閣)といった切り口で、マトリックス上にまとめた一覧表を共有させて頂きますのでご参照頂けますと幸いです。また、今後調査や訪問を行い、本ブログで記載していきたいと思って折りますので、「更新中」である事を予めご容赦頂けますと幸いです(画像では見にくいので、クリック頂くとpdfのファイルが開く様になっております)。

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