浜松城

【浜松城と聞いて何を連想されますか?:基本情報】

本日は、静岡県浜松市にある浜松城を、ご紹介をいたします

出世城として、有名な浜松城の中で、最も出世した人は、誰なんでしょうか? お城を題材にする時、いつも同じ書出しですが、皆さんは、浜松城と言うと、何を連想れるでしょうか?

私は、以下の感じです。

  1. 徳川家康が三河から進出してきた際の拠点のお城 
  2. その時に、徳川家康によって、浜松城と命名された 
  3. 武田信玄との三方ヶ原の戦いの時には、ここから出陣し、命からがら逃げかえった (しばらくの後、武田信玄は、信濃で他界) 
  4. その時の教訓を忘れないように、あの有名な、「顰像」(しかみぞう)が書かれた場所 
  5. 現在の天守は、史実には基づかない天守
  6. ただ、野面積の石垣は、現存 
  7. 江戸時代から、出世城として認識されていた 
  8. 浜松と言えば、浜名湖のウナギ

と、こんな感じでしょうか。

天守閣からの眺めと解説
天守閣からの眺めと解説

【浜松城の見所は、野面積みの石垣と公園内の庭園】

浜松の駅からだと、徒歩で、20分しない位で行けたお城でした。上記の連想ゲーム程度の知識しか持ち合わせていないのですが、あの有名な三方ヶ原の戦いの舞台となった地ですので、山梨県民としては、訪れてみたかったお城でした(孫子の記事においても三方ヶ原の戦いを取り上げております)。

実際に訪問してみると、石垣の野面積みは、マジマジとみてしまいましたが、天守は史実に基づかい復興天守で、内部もお土産屋さんの色が強く、正直見所は限られるかと思いましたが、天守最上部からの見晴らしはよく、三方ヶ原も見渡せる場所で、お城が建てられた場所については、納得できました。また、周辺には公園も整備されており(浜松城公園)、高低差を活かした、日本庭園もあります為、アップダウンを楽しみながら散策するには、ちょうど良いと思いました

公園内の日本庭園
公園内の日本庭園

【浜松城=出世城の日本史上のエピソードと家康】

所で、出世城の異名をとる浜松城。本当なんでしょうか?

浜松城公園のホームページ内にある、”出世城の言われ”(https://www.entetsuassist-dms.com/hamamatsu-jyo/facility/history.html)のページによると、、、

「浜松城には、藩政260年の間に25代の城主が誕生しました。在城中に幕府の要職に就いた者も多く(老中5人、大坂城代2人、京都所司代2人、寺社奉行4人※兼任を含む)、浜松城は「出世城」と言われるようになりました。なかでも有名なのが天保の改革を行った水野越前守忠邦」

と書いてあります。

何かの本で読んで、覚えていたのは、”水野忠邦は、肥前唐津から、実録高が低い浜松に、わざわざ移動させてもらい、老中になった”、という話でした。確かに、出世城と言われるだけの事はありそうです。

しかし、最も出世したのは、、、

はい、もう推察して頂いた通り、徳川家康ですよね。浜松に進出し、三方ヶ原で敗れるも、その敗戦を忘れぬよう、命からがら逃げかえった自身を、「顰像」(しかみぞう)として残させ、生涯その教訓を忘れる事の無いよう、傍らに置き、征夷大将軍まで上り詰め、江戸の、そして関東の礎を築いた。タヌキとかよく言われますが、そう考えると本当にすごい人ですよね。もう出世を考えるには、大人になりすぎてしまってますが、そのパワーには、是非あやかりたいと思うのでした。

城内にある徳川家康の銅像 と 御朱印的な登城記念
城内にある徳川家康の銅像 と 御朱印的な登城記念

【最後に】

その後、浜松城を後にして、お城に行く前に通りかかって、予約しておいたウナギ屋さんで、おいしいウナギを頂戴し、浜松の宿に戻りました。お城の見学、公園内の散策、最後の食事も含め、4時間程度の滞在でしたが、浜松を満喫できました。

関東圏なら、十分日帰りも可能な距離ですので、出世したい人も、そうでない人も、浜松の地に、足を運んで見ては、如何でしょうか?(武田氏の館跡、武田神社に関しても、別ブログで記載しています。また、三方ヶ原の戦いに関しては、孫子の記事においても、取り上げております)

(別記事にて、忍城高松城沼田城二条城高島城浜松城松本城上田城松代城小諸城犬山城甲府城鉢形城掛川城高知城川越城岩櫃城熊本城函館五稜郭龍岡城(長野県佐久市の五稜郭)仙台城彦根城長浜城岐阜城名古屋城金沢城小田原城比企城館群(杉山城・松山城(武蔵国)・菅谷館・小倉城(武蔵国))、も、それぞれ紹介していますので、ご覧ください!(一部更新中))

浜松城
浜松城

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