松本城

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【基本情報:松本城と聞いて何を連想されますか?】

日本に現存する12天守のうちの1つがあり、国宝でもある、松本城を、ご紹介をいたします。(現存12天守の情報 : https://heiwa-ga-ichiban.jp/oshiro/) 

お城の記事の時は、いつも同じ書出しですが、皆さんは、松本城と言うと、何を連想れるでしょうか?

私は、以下の感じです。

  1. 国宝である (ほかの国宝天守は、犬山城彦根城、姫路城、松江城で、松本城も併せて、国宝5天守) 
  2. 昔は、深志城と呼ばれていた 
  3. 五重六階の現存天守は、姫路と松本のみ 
  4. 戦と平和が共存した面白い作り 
  5. 黒い天守群の堀越しの立ち姿は、とにかくカッコいい (地元では、烏城と言われている様です) 
  6. 明治には、天守が傾いた事がある 
  7. 松本民芸家具 
  8. 周辺観光も見逃せない

と、こんな感じでしょうか。

【松本城の黒壁の魅力】

そもそも、皆様は松本城に行かれた事は、ありますか? 松本城は、元々は、深志城と言われていたそうですが、1600年辺りに城全体の構造が一新され、天守もこの時に築城されたと言われているようで、現存する天守の中でも、最も古い方の天守になるそうです。そればかりか、乾櫓・辰巳附櫓・月見櫓も現存しているようです。(これらも国宝との事) 

天守群は、石落とし・狭間とかなり実践的な装備もあり、戦国を連想させる作りになっています。一方、月見櫓は、「徳川家光が、京に上洛した帰りに、善光寺に行きたいと言っているから、そのタイミングで来るもしれない」と言って、接待用に作られた時代背景もある様で、赤い高欄が設置された、なんとも風流なお姿でした。

戦と平和が融合するお姿を、堀越しに収めた写真が、松本城の紹介には、よく使われますが、大人になって、実際に行ってみると、その気持ち、良くわかります。黒いお城ですが、地元の職人の方が、外壁は漆でしっかり補修していっらしゃるとの事で、黒い天守に、月見櫓の赤い高欄がアクセントになっており、本当に、カッコいいんです! 

ちなみに、黒ベースのお城は豊臣方、白いお城は徳川方とよく言いますよね。松本城は、元々徳川の家臣であった石川数正が、豊臣に出奔した後に築城を開始したお城ですから、黒ベースなんでしょうね。白いお城の代表格は、姫路城で、黒いお城の代表各は、松本城と言ったところでしょうか? 

また同時に、本当に地元の方に、愛されているんだろうと思いました。明治期に、天守が傾いたと言われているようですが、この時も地元で保存会が出来、改修を行ったそうです。こういった地域の方々の支えであり、愛情が、松本城を守り、国宝に押し上げている要因である事、疑う余地はありません。そんな天守を見ると、心が温かな気持ちになる事、皆様も同じだと思っております。

【最後に】

1600年あたりに建てられた天守で、長い歴史を持ち、3つの櫓も現存で、かつこの規模であれば、当然、天守と櫓も併せて国宝といった所でしょうが、それ以上に、地元の方の愛情が、松本城を国宝たらしめている理由だと、素直に理解できました。そんな、地元の方に愛されている、本当にカッコいい、国宝松本城。周辺観光も見所沢山ですので、機会があれば、是非訪れてみて下さい!(松本市内観光に関しては、別ブログで紹介中)

(別記事にて、忍城高松城沼田城二条城高島城浜松城松本城上田城松代城小諸城犬山城甲府城鉢形城掛川城高知城川越城岩櫃城熊本城函館五稜郭龍岡城(長野県佐久市の五稜郭)仙台城彦根城長浜城岐阜城名古屋城金沢城小田原城比企城館群(杉山城・松山城(武蔵国)・菅谷館・小倉城(武蔵国))、も、それぞれ紹介していますので、ご覧ください!(一部更新中))

以下、Googleマイプレイス(マイマップ)で作成した地図を、アプリ・GogleMpsで、位置情報をONにしてスマホでご利用頂くと、紹介したスポットを、自身の位置確認しつつ大人散策する事が出来ます!

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