高坂

【はじめに】

本日は、東武東上線・高坂駅周辺の大人散策情報を記載いたします高坂駅近辺は、岩殿観音・正法寺をはじめ、ツツジや紅葉の美しい物見山、旧線路跡、川越児玉往還日光脇往還の痕跡、彫刻通り等、大人散策には持ってこいのスポットが多くあるエリアなのです。

高坂駅は、自身が住まう川越駅から電車で20分程度で(池袋駅からであれば、1時間もせず)アクセスできます。仮に自転車であっても、20㎞程の認識なので、1時間ちょっとあればアクセスできる為、よく大人散策/ポタリングで参らせて頂くエリアです。

以下に紹介しますが、岩殿観音・正法寺やそこにある大イチョウ、隣の物見山、彫刻が設置された通り等、自然や文化を感じる事が出来、お気に入りのエリアですが、周囲の人に高坂について話をしてみても、「大学あるよねー」、「動物園あったけ?」と言った感じで、ピンとくる方は、残念ながら少ないようです。確かに、大きなショッピングモールがある訳でもありませんし、ターミナルの駅でもありませんが、川越児玉往還日光脇往還が通っていたと思われるこの地域は、歴史を感じさせてくれる大人好みのスポットだと思っております(自然を感じる事も勿論できますし…)。「と言う訳で…」ではありませんが、下記いくつか高坂駅を起点とした、大人散策/ポタリングのスポット/コースを紹介致しますので、皆様の散策/ポタリングの参考になれば幸いと存じております。

【高坂にある大人散策スポット】

・岩殿観音 正法寺、弁天池/足利基氏塁跡

高坂エリアで最も歴史のあるスポットではないかと思っているのが、「岩殿観音・正法寺」です正法寺の詳細は別記事をこちらのリンクより確認頂きたいのですが、1300年程の歴史を持つ寺院で、鎌倉幕府初代将軍の源頼朝やその妻政子、御家人の比企能員、江戸幕府を開いた徳川家康との関係もある寺院です。またその近くには、坂上田村麻呂が悪竜退治で、その首を埋めたと伝わる弁天沼や室町幕府初代将軍の足利尊氏の次男・足利基氏が岩殿山合戦で陣を敷いたと伝わる「塁跡もあります(以下にありますが、比企能員の館跡を陣地にした言われている様です)。

簡単ですが、弁天池と足利基氏塁跡に付き、正法寺のHPを引用いたしますと以下の様にあります。

(略)田村麻呂の悪竜退治  

まだ岩殿の山々が大昔の姿を残す頃のお話です。岩殿山に悪竜が住み着き、村人たちは困り果てていました。 そんな日が続いたある日、蝦夷征伐のためこの地を通りがかった将軍坂上田村麻呂が悪竜退治を引き受けます。 田村麻呂は観音様のお力を借りるために観音堂に篭って一心にお祈りしました。夜が明けて田村麻呂が岩殿山中へと赴くと、 真夏だというのに雪が積もっています。あたりを見回すと、山の一角に雪の溶けている場所がありました。 観音様が龍のいるところを、雪を溶かして教えてくれたに違いないと思い、弓に矢をつがえてひょうと放ちました。すると空は黒い雲で覆われ、風がさーっと吹いたかと思うと、姿をくらましていた悪竜が忽然と現れました。 矢は悪竜の右眼に深々と突き刺さっています。田村麻呂が二の矢をとって放つと、悪竜の左目に刺さり、悪竜はのたうち回ります。 そこで腰の大剣を抜き、悪竜の喉元めがけて突き刺しました。これには流石の悪竜も七転八倒の末、ついに力尽きました。 悪竜の首は山裾へと埋め、後に池となりました。しかし不思議なことに蛙が住み着かず「鳴かずの池」とよばれるようになったそうです (略)  

(略)比企判官旧地(足利基氏塁跡)  

岩殿観音の北東、表参道の入り口にある「鳴かずの池」裏手の丘陵地帯には、かつて比企能員の館があったと伝わります。岩殿観音に伝わる江戸時代の古地図には、表参道を下った現鳴かずの池の裏手に「比企判官旧地」とあります。  

この地は現在では足利基氏塁跡として知られています足利基氏は鎌倉公方と呼ばれ、南北朝時代に活躍した武将です。貞治2年・天平18年(1363)に芳賀高貞とこの岩殿山で「いわゆる「岩殿山合戦」が行われた際に、基氏がこの地を館とし布陣したと言われています。この館は合戦の際に基氏が築いたものではなく、もともとあった館を陣地として利用したと考えられており、岩殿観音に伝わる古地図と合わせると比企能員の館跡を陣地にした可能性が考えられています。九十九川と谷筋の湿地が外敵を防ぐ役割を果たしていたこともあり、館を構える好立地であったと考えられます。現在は、その旧地のほとんどがゴルフ場となってしまい、かつての累跡の面影はわずかな土塁と堀跡を残すのみですが、残された地形からかつての面影に思いを馳せるのもよいでしょう (略)  

http://iwadonosan-shoboji.org

比企能員は、鎌倉時代の御家人で、岩殿観音・正法寺を復興した武将。その影響もあってか、源頼朝が坂東三十三観音霊場の一所になった寺院(詳細はこちら、岩殿観音・正法寺の大人散策のページ参照)が、岩殿観音・正法寺。しかし、それよりも以前の坂上田村麻呂の伝承や室町時代の足利氏とも縁のあるエリアと言う事の様です。そんな歴史を感じつつこのエリアを大人散策してみてはいかがでしょうか?

・物見山/市民の森(巡礼の道)

岩殿観音・正法寺の観音堂から、真横(南側)に、物見山に抜ける舗装された坂道と階段があります。春から夏にかけてのツツジと秋の紅葉は中々の物で、高台の景色と共に、季節を楽しめる大人散策スポットです

また、物見山の東には、市民の森と呼ばれる緑豊かな散策路が広がっております自然を感じる気持ちの良い散策路で、高台から抜群の眺めを見る事も出来るエリアですが、この方向は、坂東三十三観音霊場の岩殿観音(10番目)の前、慈光寺(9番目)の方向になり、地図で見ると巡礼街道」なる道が見えます。この道をたどると、かなりの山道の様ですが、その先には、鎌倉街道上道の笛吹峠に通じている様で、更にその先には八高線の明覚駅があり、そして慈光寺(9番目)がそこから更に7~8㎞いった所にある様です。(この近辺は散策/ポタリングしていますが、巡礼の道は行ったことがなく、慈光寺にもお参りした事がないのですが、今回どういったルートになりそうか少し見えたので(最下部の地図参照)、今度チャレンジしてみようと思っています)

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⇒ 2023年5月更新:慈光寺と明覚駅周辺の大人散策を実行しました!別記事、慈光寺の大人散策明覚駅駅周辺の大人散策巡礼街道(少し道それましたが…)の大人散策情報、それぞれご参照ください

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尚、上記にも一部記載しました、「坂東三十三観音霊場」ですが、Wikipediaを調べてみますと、以下の様にあります。

坂東三十三観音(ばんどうさんじゅうさんかんのん)は、神奈川県・埼玉県・東京都・群馬県・栃木県・茨城県・千葉県にまたがる33か所の観音霊場。  

概要  

源頼朝によって発願され、源実朝が西国の霊場を模範として札所を制定したと伝えられている。第一番札所の杉本寺から第三十三番札所である那古寺までを巡拝すると、その道程は約1,300キロメートルにもなる。巡礼者は全ての札所を巡拝(結願)すると、善光寺および北向観音に「お礼参り」をすることが慣わしとされている(上記2寺を参拝して結願とする場合もある) (略) 

https://ja.wikipedia.org/wiki/坂東三十三観音

全部巡ると1300㎞との事なので、中々すべてはいけませんが、本ブログでも、全て巡った後に行くべきだったかもしれない善光寺北向観音(@別所温泉と認識)や、先日お伺いした9番の慈光寺11番の安楽寺13番の浅草寺18番の中禅寺にはお参り申し上げた事はあります。以下にWikipediaにあった一覧表を記載いたしますので、皆様の記憶も遡ってみると、大人散策がもっと楽しくなるかもしれません。

・旧線路跡(一部「ばんどう山緑地」経由)の散策

高坂駅の西口を出て、北側すぐの所に、旧路線跡(太平洋セメントがかつてセメント材料を運搬していた線路跡)を散策できる、散策路が整備されています。すべてが旧線路跡と言う事ではないと思いますが(一部「ばんどう山緑地」経由)、自然も感じる事が出来る大人散策路だと思います。

この道は、高坂駅から舗装整備された遊歩道が、関越道付近までは続いております。しかしその先は、一旦迂回する必要があり、改めてゴルフ場脇の(舗装はされてませんが)整備された散策路経由(「ばんどう山緑地」経由)で、大人散策を楽しむ事が出来ます。階段もあるので、ポタリング(自転車)では、ちょっと無理のある道ですが、車の心配のない散策路は、大人散策にはうってつけの道だと思います。

また、この旧線路跡を行き切ったポイントで、坂道を上り峠を越えると、岩殿観音・正法寺の方に行く事が出来ます。

高坂彫刻プロムナード (彫刻通り)

上記、旧線路跡の散策路同様、高坂駅の西側を出ますが、北に行かずそのまま西に向かうと、芸術の通り、「高坂彫刻プロムナード」が続いております。通りの両サイドに30以上の高田氏の作品が展示されており、芸術を楽しみながら散策できる通りが、1㎞程の区間、続いておりますが、Wikipediaを調べてみますと、以下の様にあります。

高坂彫刻プロムナード【高田博厚彫刻群】(たかさかちょうこくプロムナード【たかたひろあつちょうこくぐん】)は、埼玉県東松山市の東武東上線高坂駅西口から西に伸びる道路の歩道の両側におよそ1kmにわたって展示されている、彫刻家・高田博厚による32体の彫刻作品群。 1986年の高坂駅西口区画整理事業実施に伴い、東松山市によってまちづくりの一環として設置された (略) 

https://ja.wikipedia.org/wiki/高坂彫刻プロムナード

こちらをの先には、岩殿観音・正法寺の参道の方に進むようになっておりますので、岩殿観音・正法寺とセットで大人散策されてみてはいかがかと存じます。

川越児玉往還日光脇往還 / 三日月湖 / 高坂館跡

高坂駅の東側は、川越児玉往還(川越街道の川越から先の道)日光脇往還(八王子から日光まで、八王子千人同心が日光勤番への移動のために整備された街道)が通っていたと認識しています。その為、これらの道の痕跡や一部土塁の残る館跡(高坂館跡)を見る事ができます

日光脇往還は、現在の高坂駅の東側で都幾川を越えた様ですが、川越児玉往還は、都幾川の手前で現在の東上線を東側から西側に超え、群馬の高崎を目指した道の様で、この近辺にもその痕跡(とも思える)スポットや歴史を感じさせるスポットがあります。

同時に、人が水と戦ってきた痕跡の三日月湖も見る事が出来、人々が生きてきた歴史を感じる事が出来るスポットがあります。併せて、大人散策/ポタリングのコース検討に加えてみてはいかがでしょうか?

【最後に】

以上が、東武東上線・高坂駅周辺の大人散策情報になります

ちなみに、上記それぞれ紹介致しましたが、セットで大人散策する事も可能です。その例として、高坂駅西口をスタートし、「高坂彫刻プロムナード」⇒「足利基氏塁跡」⇒「弁天沼」⇒「岩殿観音・正法寺」⇒「物見山(+少しだけ市民の森の見晴らし台まで行きUターン)」⇒「(高本山峠経由)旧線路跡」⇒「(「ばんどう山緑地」経由)道しるべ等の古道の痕跡+高坂館跡」で、高坂駅の東口に戻る』ルートです。このルート、恐らく、それぞれの見学も含めると20㎞程になると思い、アップダウンもあるので、それなりの体力勝負になると思います。実は一度だけ、このルートを、5時間位かけて、(勿論休憩入れつつ)夫婦で巡ってみましたが、最後の方では、脚はパンパンで疲労困憊。帰宅当日は、夕食も食べられず、その後2~3日は、疲れが抜けなかった上、筋肉痛も3日程続いたと記憶しています。故に、体力に自信のある方限定ですが、「我こそは!」チャレンジしてみてはいかがでしょうか? 

歴史と文化と自然を感じつつ、大人散策/ポタリングできるエリアが高坂だと思いますので、機会を見つけ、訪れてみてはいかがでしょうか?

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