福山城の大人散策では、どこを巡りますか?
福山駅南口から旧城域の舟入・二重櫓台跡、西外堀の石垣跡、三之丸西御門櫓台跡などを巡り、城内では伏見櫓、筋鉄御門、石垣、本丸、天守、旧天守の礎石、福寿会館などを歩いて巡ります。最後は城郭東側を回って福山駅北口方面へ戻るルートです。
福山城の「白と黒の天守」とは何ですか?
福山城の天守は、見る方向によって大きく印象が変わります。南側などから見る白い姿に対し、北側面には黒い鉄板張りが施されており、同じ天守とは思えないほど異なる表情を楽しめることが特徴です。
福山城で現存する建造物は何ですか?
福山城では、伏見櫓と筋鉄御門が現存する建造物として見どころです。また、城郭には石垣も多く残されており、櫓台跡や門跡などと合わせて、かつての福山城の規模を想像しながら巡ることができます。
福山城はどのようなルートで散策するのがおすすめですか?
福山駅南口から旧城域の遺構を巡ってから城内へ入り、伏見櫓や筋鉄御門、本丸、天守を見学するルートがおすすめです。その後、旧天守の礎石や福寿会館、城郭東側を巡ることで、現在の天守だけでなく福山城全体の規模を感じながら散策できます。
福山城の大人散策にはどのくらい時間がかかりますか?
この記事で紹介している実際の散策では、福山城の周囲も含めて2.5時間弱でした。旧城域の遺構、本丸、天守、福寿会館、城郭東側などをじっくり見る場合の一つの目安になります。
【はじめに】

🔗 関連記事:「広島の旅!:広島城・原爆ドーム・宮島・尾道・福山城等を巡る!歴史旅(まとめ記事)」は、こちらよりご参照ください!(更新中)
こちらのページでは、「『旧国宝24城』の1つで『慶長期に発達した城郭建築技術の完成形』と言われ『白と黒の側面を持つ城郭』の理解である『福山城』を自身の目で確認すべく実施した大人散策に付き記載」させて頂きます。
📚本記事で得られる情報📚
✅「福山城」の超概要・歴史
✅「福山城」の楽しみ方の視点を詳細マップ・多くの写真と共に共有(=大人散策城)


















-1024x576.jpg)





本ブログ別記事にて紹介させて頂きました「広島城・福山城を巡る4泊5日の旅(プランニング)」。そしてこれをべーズに、「4泊5日の広島・宮島・尾道・福山を巡る 歴史旅(更新中)」を実行しました。別記事でそれぞれ紹介しておりますが、広島市における拠点は、「ホテルマイステイズ広島 平和公園前」とさせて頂き、初日は、「縮景園」⇒「広島城」⇒「原爆ドーム」⇒「平和記念公園」を巡り、2日目は、「厳島(=宮島)」での大人散策を「厳島神社を中心とした街中散策・弥山での巨石群・御山神社等も含むハイキング」と言った内容で実施しました。そして3日目は、4日目に「大人散策@尾道」を計画しておりました為、3日目は「広島市 ⇒ 尾道市」の移動にあてるスケジュールを組み、『「戦艦大和の10分の1模型」がある呉・大和ミュージアム(=呉市海事歴史科学館)』や、『魅力的な街並みが残る「竹原」』等を巡って、尾道に参り、その日の夕食で、尾道での拠点宿「さくら しまなみホテル 」からも近い「チャコール(TXARCOAL)」にお邪魔し、4日目に「大人散策@尾道」実行し、その後、「がんぎ屋」で夕食を頂戴したスケジュールになるという事です。












そして5日目(最終日)は、「大人散策@福山城 」。尾道での拠点宿「さくら しまなみホテル 」を朝一で出発し、尾道駅から福山駅へ向かい、目の前にある福山城 で大人散策を楽しみ、福山駅から新幹線で、居住地の川越に帰宅する感じのスケジュールを組んだという事です。そんな経緯でお邪魔した福山城 、以下の「福山城 天守の写真」を見た際、半分くらいの方が「同じ城郭の天守なの?」と思うのでないかと思います。言い換えると、「福山城 の天守は、見る方角によって表情が全く違う」と言う理解をしているという事です。












こちらのページでは、そんなスケジュール感でお邪魔した「見る方角によって表情が全く違う天守を持つ福山城 」に付き記載いたします。すなわち、「『旧国宝24城』の1つで『慶長期に発達した城郭建築技術の完成形』と言われ『白と黒の側面を持つ城郭』の理解である『福山城』を自身の目で確認すべく実施した大人散策に付き記載」させて頂きます。
早速、実際の「大人散策@福山城 」に付き、報告申し上げたい所ですが、まず「福山城 の概要・歴史」を抑えさせて頂きます。とは言っても、もう既に別記事で、かなり突っ込んで紹介しておりますので、こちらでは超概要のみ以下に記載させて頂きます(詳細情報は、別記事「お城を楽しむ:福山城 ~慶長期に発達した城郭建築技術の完成形」とまで言われた城郭を大人散策!~ (広島・福山)」をご参照ください)。
1619年、関ヶ原の戦い以降備後国・安芸国の2国を治めていた福島正則が改易されたことから、 徳川家康の従兄弟である水野勝成 が、毛利氏など西日本の有力外様大名に対する抑え(西国の鎮衛)として転封された事に始まる「福山城(福山藩)」は、広島県福山市にあった「久松城」・「葦陽城」とも呼ばれたお城で、日本における「近世城郭円熟期の代表的な遺構(大規模な新規築城による「近世城郭の最後の例」と言われるらしい)」であり、現在城跡は「国の史跡」に指定され、「日本100名城」にも選定され、慶長時代に発達した構築技術の頂点に位置する石垣を拝見できるお城と言われる。
一方で、江戸草創期に建造された天守群は「旧国宝24城の1つ」として太平洋戦争末期まで残っていたが「福山空襲により焼失してしまった歴史を持つお城」でもあり(伏見櫓・筋鉄御門は現存している)、現在の再建天守は、「復元天守」か「復興天守」かで見解が分かれている部分もあるらしいが、焼失してしまった “層塔型” の天守は「極めて規則的な構造」を持ち、その「北側の黒い鉄板張りが特徴的な天守」は「慶長期に発達した城郭建築技術の完成形」とも言われ、輪郭式を基本とする縄張りの城内には、「大坂城・岡山城に次ぐ、多くの三重櫓があった」と言われ、また「大坂城・名古屋城に次ぐ規模の多聞櫓があった」とも言われる上、「一国一城令が徹底されていたこの時期としては異例の新規築城が行われている事」や「築城後には幕府公金が貸与されるなどした事」から「天下普請に準じる扱いで築城されたお城」と考えられているらしい
と言った理解をしており、そしてその中から、『「大人散策@福山城 」のポイント』を抽出するのであれば、以下の様になった次第です。
① 城郭の規模感を実感する
② 特色ある天守を楽しむ
③ 現存する建造物:伏見櫓・筋鉄御門、石垣を楽しむ
福山城は、「旧国宝24城」として、太平洋戦争末期まで残っていたが「福山空襲により焼失してしまった歴史を持つお城」。しかし、その「石垣の多く・伏見櫓・筋鉄御門」は当時の姿をとどめている認識。であれば、その現存する建造物は、しっかり拝見すべき重要建造物と理解しました。
上記の通りですが、「大人散策@福山城」にあたっては、『「城郭の規模感」・「特色ある天守」・「現存する建造物」』が Key だと思い、この「3点のポイント」を踏まえて巡る事で、より良い大人散策を実現できると思った次第です。
【大人散策@福山城】
自身のお宿予約は、基本「一休」or「じゃらん」の2択で、プラス… :
「高級ホテル・旅館なら “一休” 」or「
【じゃらん】料理、温泉、おもてなし…クチコミで選ばれた宿ランキング」+「
Relux(Loco)」
上記、『「福山城の概要・歴史」・「大人散策@福山城」のポイント』を抑えさせて頂きましたので、こちらでは、具体的な「大人散策@福山城」に付き記載致します。全体的なコースとしては、先に記載の通りですが、前日に大人散策@尾道を楽しんでいましたので、朝一で尾道駅から福山駅に移動し(駅間は20分程度)、「大人散策@福山城」を楽しんで、その後新幹線で居住地の川越に帰宅した感じのスケジュールでした。次第以下の「福山城の城内マップMap」、並びに「最下部の GoogleMyMap で作成した地図(福山城を大人散策!の薄い橙色・橙色の✪印参照)」をご参照頂きつつ、ご一読頂けますと幸いです。ちなみに、「福山城の周囲も含めた散策時間は2.5時間弱」でした(最下部には、「4泊5日の広島・宮島・尾道・福山を巡る歴史旅(更新中)」の全体図のマップも記載しております)。
■ 福山駅南口から、南⇒西に福山城に城郭を周り込んで本丸へ
尾道での拠点宿「さくら しまなみホテル 」をチェックアウトし、電車で尾道駅から福山駅に向かいました。「尾道水道」の景色を楽しみつつ、「大人散策@尾道」を振り返りつつ電車で移動していると、あっという間(20分程)で、福山駅に到着しました。そして、まず最初に向かったのは、「城郭のある北側」ではなく「福山駅の南側のエリア」。言い換えると、「福山城の城郭の規模感を実感する大人散策」から開始したという事です。
まず、福山駅南口の目の前の「舟入・二重櫓台跡」に参り、「当時の福山城の縄張り」を意識しつつ、「三ノ丸通り」を西に進み、大きな通りに出た所で北上。「西外堀の石垣跡」を拝見し、線路を潜り、「三之丸西御門櫓台跡」も見学して、「西外堀跡(広島県立歴史博物館西側)」を更に北上して、「ふくやま美術館」付近で、「福山城の天守遠望」並びに「二の丸?の石垣」を拝見いたしました。その後、「広島県立歴史博物館」の東側エリアを「刀剣男士 江雪左文字像」を拝見しつつ、「内堀跡」・「外八番櫓(神辺一番櫓)跡の石垣」も含めてを巡りつつ、「南側の入口(=福山駅の北側すぐの場所)」から城内へ歩を進めました。










































恐らくこの「南側の入口(=福山駅の北側すぐの場所)」は、現地の案内板から推察するに、当時はなかったはずの登城路の認識で、「当時の登城路で進みたい」と思いつつも、「その理解をしてればよい…」と言い聞かせつつ、「迫力の石垣」を横目に坂道を登ると、現存する建造物である「伏見櫓」が見えてきました。このまま登城路を進み、同じく現存する建造物の「筋鉄御門」を抜け、「本丸」に進みたい所ですが、ここは具グッとこらえて、「本丸の西側エリア(二の丸)」をしばし散策。「伏見櫓」は勿論、「台所門跡・鐘櫓・内九番櫓(火灯櫓)跡」・「石垣(排水施設の様な石垣もありました…)」・「阿部正弘之像」を拝見しつつ、「水の手御門跡付近」まで巡らせて頂きました。その後、再び、「筋鉄御門」まで戻って、今度は「本丸南側(二の丸)」に回り込んで、「筋鉄御門・番所跡」・「御湯殿」を拝見し、改めて「筋鉄御門」より、「本丸」へ参る感じのルートで進みました。
























■ 福山城本丸内・天守内部を巡って福寿会館へ
「二の丸の西・南エリア」を巡り、「現存する建造物:伏見櫓・筋鉄御門」の外観を、「石垣」も含め拝見した後、いよいよ「筋鉄御門」を抜け「本丸」へ。現存する建造物である「筋鉄御門」を、その歴史を感じつつじっくり拝見し、その後「本丸」へ入った瞬間、「福山城の天守」が目に飛び込んできます。しかしここでも、「天守への歩み」をグッとこらえ、「本丸西側」より遺構を拝見。「内七番櫓(荒布櫓)跡」・「黄金水(井戸)」・「内八番櫓(人質櫓)跡」、先程「二の丸」から遠望で見た「台所門跡・鐘櫓・内九番櫓(火灯櫓)跡」を、今度は「本丸」から拝見しました。その後も、「天守」を遠目に見つつ、現存の「伏見櫓/筋鉄御門」、「御湯殿」も「本丸」からのお姿を楽しんで、「月見櫓」・「鏡櫓文書館」と巡りました。ここまでくると、「本丸内の建造物」は、大体拝見出来ましたので、「本丸全体の様子」・「本丸からの遠望(東側面)」・「本丸東側出入口の冠木門」も楽しんで、いよいよ「天守(福山城博物館)」へ向かいました。

































福山城の天守は、「復元天守」か「復興天守」で議論は分かれる様ですが、いずれにしても「現存天守」ではなく、鉄筋コンクリート構造により再建された「福山城博物館」。なので、内部で天守の遺構を感じる事は難しいですが、「しっかりした展示物」と「体験型の施設(バーチャル環境でお馬さんのオブジェに乗ったり、火縄銃の体験が出来る)」があり、中々嗜好を凝らした様子がうかがえます(基本写真撮影禁止なので、以下写真限られますが…)。故に、それなりに楽しみつつ館内を巡り、最上階でそこからの眺望を満喫し、「御城印」を頂戴して、天守内部を失礼させて頂きました。












■ 福寿会館から城郭東側を巡り福山駅北口へ
「福山城の天守(福山城博物館)」を失礼した後、改めて「福山城の天守の外観」をじっくり拝見させて頂きました。先に記載した通り、「福山城の天守」は、「復元天守」か「復興天守」かで議論が分かれる理解ですが、当時の姿を全く無視している訳ではなく「美しい層塔型の天守」である事に変わりはありません。なので、「あまり細かな事は気にしない!」と思いつつ、「福山城の天守」の周りを一周。そして改めて思いました。それは、「確かに『現存天守』ではなく、『復元天守』か『復興天守』で議論は分かれる様だが、全体的には『層塔型の美しい天守』で、北側面の『黒い鉄板張りの姿』は特徴的。写真だけで南面と北面だけ拝見すると、多くの人は同じお城とは思わないのではないか?」と言うもの。そんな印象を持ちつつ、「福山城天守」を拝見した後、「棗木御門跡(≒福山城の北側出入口)」より、天守最上階から見えた「旧天守の礎石」を目指しました。









「旧天守の礎石」は、「空襲で焼失した天守に用いられていた礎石」を「二の丸北側(=五千石蔵跡)」に移設した理解。正直、「素人に礎石だけで、当時の天守のお姿をイメージするのは難しい…」と思いつつも、「五千石蔵跡」も含め、「福山城の遺構」。新しく作られた『北側面が黒い鉄板張りで特徴的な現在の福山城(天守)」と併せて拝見し、「福山城の歴史」に思いを馳せていると、「五千石蔵跡」の東に「福寿会館への入口」を発見。無料で内部を見学できるようだったので、お邪魔させて頂きました。一般的にイメージする「大名庭園」の様な、広い庭園ではありませんが、しっかりと手入れされた空間は非常に心地が良いもの。「黒い鉄板張りが特徴的な現在の福山城(天守)」を借景として楽しめる空間でした。同時に「福山城を訪れた多くの人は立ち寄らない穴場的な福山城鑑賞スポット」だとも思いましたので、皆様も福山城訪問の機会がある際は、心に留め置いて頂きたいと思いました。






























「福寿会館」で、「黒い鉄板張りが特徴的な現在の福山城(天守)」を楽しんだ後は、「三蔵稲荷神社」を参拝。「備後護国神社」も参拝し、「宮本武蔵腰掛石」も見学しようと計画していましたが、「福山城の天守」をじっくり見学しすぎた為か、予約した新幹線の時間が少し微妙になりかけていたので諦め、「旧天守の礎石」・「五千石蔵跡」付近に戻って、「蔵口御門跡」を抜け、「外三番櫓(鬼門櫓)跡」方面へ。ここで「福山城天守の北東側」・「水野勝成之像」を拝見し、「福山城天守の東側」・「東坂三階櫓跡・東揚楯御門跡・鹿角菜櫓跡」を拝見しつつ、更に「二の丸」を南に進んで、先に「本丸内部」から拝見した「東側出入口の冠木門」の前を過ぎ、「本丸東側の二の丸」から「鏡櫓文書館・月見櫓(本丸東面)」を見上げて、ここでUターン。今度は、「福山城天守の南東側」を拝見しつつ、来た道を戻って、改めて「東坂三階櫓跡・東揚楯御門跡・鹿角菜櫓跡」を見学して、「馬場跡」方面に階段を降り、「東側公園(東内堀北端ライン)」付近でも、「石垣とセットの福山城天守」を写真に収めました。つまり、予約した新幹線と時間との勝負になり始めていた為、「備後護国神社」・「宮本武蔵腰掛石」同様、「もう既に福山城の規模感は、ほぼ実感した…」と言い聞かせ、「三之丸北御門外桝石塁跡」は諦め、「でも最後に!」と「物見櫓跡」・「東側外堀石垣」を駆け足で巡って、ギリギリ予約した新幹線に乗り込み、居住地の川越の帰路に就いた感じでした…。



























【最後に】
自身のお宿予約は、基本「一休」or「じゃらん」の2択で、プラス… :
「高級ホテル・旅館なら “一休” 」or「
【じゃらん】料理、温泉、おもてなし…クチコミで選ばれた宿ランキング」+「
Relux(Loco)」
以上が、「『旧国宝24城』の1つで『慶長期に発達した城郭建築技術の完成形』と言われる城郭である理解の『福山城』を自身の目で確認すべく実施した大人散策に付き記載」申し上げた内容になります。
『「城郭の規模感」・「特色ある天守」・「現存する建造物」』の「3つのポイント」で巡った「大人散策@福山城」に付き、実際のルートを多くの写真と共に紹介させて頂きましたが、いかがでしたでしょうか? 私達夫婦の場合、2.5時間弱の「大人散策@福山城」でしたが、正直計画段階では、「2時間位で余裕をもって巡れるはず!」と思ってました。つまり、「2.5時間程かかってしまった事」は誤算だったという事ですが、この理由は「特色ある福山城天守を、あらゆる角度から拝見しようと、天守周辺の散策に時間を掛け過ぎてしまった為…」と帰りの新幹線で、分析した次第です。言い換えると、「通常の散策@福山城」であれば、「2時間もあれば十分…」と思ったと同時に、「当時の福山城規模感を感じるべく、旧三の丸付近まで含めて散策し、且つ福山城天守の特徴を余す事なく見学したいなら、3時間くらいの余裕を持ったスケジュール感が理想的」と思ったという事です。私達夫婦には、時すでに遅しですが、今後の皆様の「大人散策@福山城」の参考になれば幸いです…。
尚、本ブログ別記事で、日本100名城や続日本100名城、国宝5天守、現存12天守、現存4御殿、(勝手なネーミングですが…)旧国宝24城等のお城の分類と共に、姫路城・彦根城・松本城・松江城・川越城・二条城・熊本城・高知城・掛川城・小諸城等々50以上のお城についても情報発信しており、以下一覧表の画像をクリック頂くとダウンロードされたPDFファイルより、リンクで各分類/各お城の個別ページにアクセスできますので、併せてご参照頂けますと幸いです。
【あわせてお読みいただきたい「関連記事」】


















-1024x576.jpg)



















