神社の「社格」とは?:その歴史は? 神社の肩書の源? そもそも神社に “格” はあるのか? (シリーズ! 気になるワード/フレーズ⑭)

気になるワードフレイズシリーズ 「社格」 とは?

こちらのページでは、「『神社の肩書』と言って良い認識の『社格』に付き、歴史に置けるそれぞれの制度を抑え、その変遷を理解した上で、地方の神社に見られる『神社名・石柱の社格を隠した痕跡』の意味を考察させて頂こうと思います。

📚本記事で得られる情報📚
✅神社「社格」の歴史(上古社格制度・古代社格制度・中世社格制度・近代社格制度・別表神社とは?)
✅「神社名・石柱の社格を隠した痕跡」に付き考察

皆様は、神社めぐり等は、されますでしょうか? 私達夫婦は、寺社巡りが好きで、多くの神社仏閣にお邪魔させて頂き、大人散策を楽しんでおります。本ブログ別記事で紹介させて頂きました、「狛犬ではない、狛〇シリーズ」と言った観点や、居住地川越での「七福神巡り(基本お寺ですが…)」、読み方から野球に関連しバット絵馬等がある「東松山の箭弓神社」、「通りゃんせ♪」発祥の地と言われる「川越の三芳野神社」、江戸風鈴の飾りが見事な「川越氷川神社」、日本一の参道の長さを誇ると言われる「氷川神社の総本社・大宮氷川神社」等、様々な特徴のある神社等にお参りさせて頂き、大人散策を楽しんでいます(それぞれ詳細は別記事参照)。

御朱印ブームもあり、多くの方が神社にお参りにいらっしゃる様になった昨今ですが、実際に神社めぐりをしていると、神社名を標記した石柱に「村社」と記載されている神社であったり、それがセメントで覆われて見えなくなっている神社もあれば、「一宮」や「官幣大社」を謳う神社もありますし、「総社市/一宮」の様に地名にまでなっている地域もあり、様々な場所で、ちょっと疑問を持ちたくなる光景や事象を目にしたり、耳にしたりするのでないかと思います。言い換えると、「何で神社の石柱がセメントで覆われているの?」、「『〇〇国一宮』・『官幣大社』ってどんな肩書?由来は?」、「『総社』ってそもそも何?」と言った様な疑問が湧いてきてしまった経験がある方も多いのでないかと思います。

こちらのページでは、上記の様な疑問を解決すべく、神社の「社格」に関し、その内容と歴史に付き調べた上で考察を加えさせて頂きました内容を共有させて頂きます。すなわち、「『神社の肩書』と言って良い認識の『社格』に付き、歴史に置けるそれぞれの制度を抑え、その変遷を理解した上で、地方の神社に見られる『神社名・石柱の社格を隠した痕跡』の意味を考察させて頂こうと思います。

【「社格制度」の名残?:別表神社とは?】

上記の様に「官幣大社」と言った肩書を、神社にある石柱でも見る事がありますし、大宮氷川神社の様に「武蔵国一宮」とも、HPに大々的に記載している神社もありますが、現代ではそういった肩書的な「社格」は正式には存在していない様で、それに代わるものとして、「別表神社」と言う ”カテゴリー分け” が存在しているのみの様です。Wikipediaの「別表神社」の項目には、以下の様にあります。

別表神社(べっぴょうじんじゃ)とは、神社本庁が定めた、神社本庁が包括している一部の神社のことである。

概要
昭和21年(1946年)2月2日の神社の国家管理の廃止に伴い、公的な社格の制度(近代社格制度)が廃止されたため、それに代わるものとして昭和23年(1948年)に定められた社格制度廃止後は、全ての神社は対等の立場であるとされた(伊勢神宮を除く)。しかし、旧の官国幣社や一部の規模の大きな神社については、神職の進退等に関して一般神社と同じ扱いをすると不都合があることから、「役職員進退に関する規程」において特別な扱いをすることと定めているその対象となる神社が同規程の別表に記載されていることから、「別表に掲げる神社」(別表神社)と呼ばれる  (略)

この規定により、旧府県社・内務大臣指定護国神社を中心に別表神社の数は次第に増加し、平成18年(2006年)現在で353社となっている。

別表神社は社格のような神社の格付けではなく、あくまでも神職の人事のみにかかわる区別である。しかし、別表に掲げられている神社は社殿、境内、神職の数などの面で比較的大きな規模の神社であり、一般には一種の格付けとして捉えられている。なお、社格同様、伊勢神宮は別格として別表神社に入れられておらず、神宮大宮司は、「神宮規則」により、勅裁を得て任免するとされ、さらに特別の扱いがなされている (略)   

https://ja.wikipedia.org/wiki/別表神社

戦後、「戦争原因の一因が『神道にある』」との理由で「国による神社の管理禁止」が、GHQから命令された事(神道指令:信教の自由や軍国主義の排除、国家神道を廃止、神祇院を解体し政教分離を果たすために出されたもので、公的機関による神社への支援、資金援助が禁止された)により、新しい制度として生まれたのが「別表神社」と理解しています。その一覧表もWikipediaより引用いたしましたが、その顔ぶれは、(勿論存じ上げていない神社もありますが)比較的大きな、有名処の神社の様で、(伊勢神宮だけは別格の様ですが)別表神社に名を連ねる事は、「格付けではない」の「建前」はありつつも、一種のステータス的要素であるよな気もした次第です。信仰心には上も下もないので、「その建前」は時代にそくした物だと思う反面、国家の礎を築き、その役割を信仰と共に存在し続けてきた神社側の視点から考えると、自社のアイデンティティ・「社格」的要素を「建前上」堂々と謳えない事は、ちょっと割り切れない心情もあると思い、現在でも以下に記載する、大宮氷川神社の様に「武蔵国一宮」を謳ったり、秩父神社の様に「国弊」を謳ったりするのは、仕方ないと思った次第です。

【「社格制度」の歴史】

上記の様に、現在では「(伊勢神宮は別格として)建前上、上も下もない社格」ですが、今尚、大宮氷川神社の様に「武蔵国一宮」&「官幣大社」を謳う神社がある事も事実です。では、『その「社格」は、いつの時代のどんなものだったのか?』を理解すべく、時系列で、社格制度の変遷を見て行きたいと思います。

・上古社格制度

上古社格制度は、古事記や日本書紀の編纂前にはあったと言われている制度の様で、天津社と国津社に分類した制度」と理解しており、「社格」と言うより、簡単に言ってしまうと「天皇家に直結する純粋な味方の血統か否かの分類」と思った次第です。Wikipediaの「天津神・国津神」の項目には、以下の様にあります。

天津神・国津神(あまつかみ・くにつかみ)は、日本神話に登場する神の分類である。天津神は高天原にいる神々、または高天原から天降った神々の総称、国津神は地(葦原中国)に現れた神々の総称とされている。

概要
日本神話において、国津神がニニギを筆頭とする天津神に対して国土(葦原中国)の移譲を受け入れたことを国譲りとして描かれている。これはヤマト王権によって平定された地域の人々(蝦夷、隼人など)が信仰していた神が国津神に、ヤマト王権の皇族や有力な氏族が信仰していた神が天津神になったものと考えられる (略) なお高天原から放逐されたスサノオや、その子孫である大国主などは国津神とされている。

■ 天津神
 ・別天津神
  > 造化三神…天之御中主神、高皇産霊神、神産巣日神
  > 宇摩志阿斯訶備比古遅神、天之常立神
 ・神世七代
  > 国之常立神(クニノトコタチ)、豊雲野神、宇比地邇神・須比智邇神、角杙神・活杙神、意富斗能地神・大斗乃弁神、淤母陀琉神・阿夜訶志古泥神、伊邪那岐神・伊邪那美神(イザナギ・イザナミ)
 ・主宰神
  > 天照大御神(アマテラス)
 ・その他
  > 少名毘古那神(スクナビコ)、天忍穂耳命、邇邇芸命(ニニギ)思金神(オモイカネ)建御雷神(タケミカヅチ)、天手力男神、天児屋命、天宇受売命(アメノウズメ)、玉屋命、布刀玉命、天若日子、天之菩卑能命など

■国津神
 ・主宰神
  > 大国主神(オオクニヌシ)
 ・大国主の御子神
  > 阿遅鉏高日子根神、下照比売、事代主、建御名方神、木俣神、鳥鳴海神
 ・大国主の配偶神
  > 須勢理毘売命(スセリビメ)、八上比売、沼河比売、多紀理毘売命、神屋楯比売命、鳥取神
 ・その他
  > 椎根津彦、須佐之男命(スサノオ)櫛名田比売(クシナダヒメ(スサノオ妻))、大物主神(オオモノヌシノカミ(オオクニヌシの幸魂奇魂))、久延毘古、多邇具久、大綿津見神(オオワダツミノカミ(ワダツミ))、大山津見神、宇迦之御魂、大年神、木花之佐久夜毘売((コノハナノサクヤビメ(ニニギの妻))、玉依比売、豊玉毘売、八束水臣津野命、多紀理毘売命、市寸島比売命、多岐都比売命、伊勢津彦、洩矢神、千鹿頭神など  (略) 

https://ja.wikipedia.org/wiki/天津神・国津神  青字:一部追記

・古代社格制度

古代社格制度は、平安期位に定められた制度の様で『「延喜式」と呼ばれる法令にて、「式内社」と「式外社」に神社を分類した内容で、同時に、官幣社は神祇官より奉幣を受ける神社で、国幣社は国司より奉幣を受ける神社といった分類』を見て取れる様です。Wikipediaの「社格」の項目、「古代社格制度」の段落には、以下の様にあります。

(略) 官社(式内社)
国家の保護を受けた神社は、全て「官社」と呼ぶことができるが、通常は、朝廷より祈年祭班幣を受ける神社のことを言う (略) 

律令時代末期の法令『延喜式』(延長5年(927年))が現存しており、ここに官社リストが掲載されている。『延喜式神名帳』に記載されている神社を式内社(しきないしゃ)といい、『延喜式』の時代に明らかに存在していても延喜式神名帳に記載されていない神社を式外社(しきげしゃ)という。式内社は2861社が記載されている。これらは当時朝廷から重視された神社であることを示している。 (略) 「式内社」は、後世、格式高い神社であることを示す社格として非常に重視された。

官幣社は神祇官より奉幣を受ける神社で、国幣社は国司より奉幣を受ける神社である。それぞれに大・小の格が定められている。当初は全て神祇官から直接奉幣を受けていたが、遠国の神社についてはそこへ行くまでに時間がかかるため、国司が代理で行うようになり、官幣社・国幣社の別ができた。ただし、遠国であっても重要な神社は官幣社となっていた。

社格の順は以下の通り。

  • 官幣大社 – 304座198所(『延喜式神名帳』記載、以下同様)
  • 国幣大社 – 433座155所
  • 官幣小社 – 188座375所
  • 国幣小社 – 2207座2133所  (略) 
https://ja.wikipedia.org/wiki/社格

私の理解は、①まず全国各地の神社を「式内社」or「式外社」に分け、②「式内社」を「官幣社」or 「国幣社」に分けた』と理解させて頂きました。つまり『「式内社(「官幣社」 > 「国弊社」)」>「式外社」といった理解になった次第です。言い換えると、「官弊/国弊」等を謳う神社の由縁は、この平安時代に定められた「古代社格制度」にある様です。1000年以上昔の「社格」が今尚「神社の肩書」に使われている所もある様で(使っていない所もあると思いますが…)、神社の視点から見た時、「昔からある由緒正しい神社です!」とアピールしてる様に感じた次第です。

・中世社格制度

平安期も後期にさしかかるタイミングで出てきたのが、「中世社格制度」と言われている様です。Wikipediaの「社格」の項目、「中世社格制度」の段落には、以下の様にあります。

(略) 一宮
一宮は国で一番有力な神社。国司が任国に赴任したときに神拝といって任国内の神社を巡拝しなければならなかった。その中でもっとも有力な神社を一宮と呼ぶようになり、一番初めに参拝し、国によっては二宮、三宮も存在した。明確な規定はなく神社の盛衰によるため時代によって異なる。平安時代後期から、地方より始まり、やがて畿内でも定められた。

総社(惣社)
国司の神拝の際、任国内の神社を巡拝してまわるには手間がかかるので、国府の近くに神社をまとめて合祀した。それが総社(惣社)である。

国司奉幣社
国司奉幣社は各国の国内神名帳に記載のある神社国内神名帳は、国司が神拝する際に参拝する神社のリスト。ただし、これは一部の国のものしか現存せず、現存しているものも多くが写本や抄本のため、正確な実体や総数などは分からない。

二十二社
二十二社(明神二十二社)は国家の一大事に朝廷が奉幣した有力神社の22社 (略)

https://ja.wikipedia.org/wiki/社格

良く聞く「〇〇国一宮」や「総社/一宮」の地名の由来は、「中世社格制度」にある様です(総社市:総社のあった場所、一宮:国の一宮があった場所)。日本各地に多くの神社がある中、国の礎であり、神道の拠点でる神社を、国(地域)を管理する国司は、巡拝する必要があったが、車もない時代に回るのは非常に大変なので、「社格を決めたり(一宮の設置)、一か所に合祀し(まとめ)たり(総社の設置)して、業務の効率化を図った」ものが、「中世社格制度」と理解しました。神社側の視点で言い換えると、「国司が優先的に巡拝する由緒正しい神社です!」と言ったアピール材料になり今尚これが使われていると思った次第です。

・近代社格制度 (神社名を示す石柱に社格を隠した痕跡がある理由も含め…)

近世社格制度は、明治期に新たに神社の等級(ランキング?)をやり直した制度と理解しています。Wikipediaの「近世社格制度」の項目には、以下の様にあります。

近代社格制度(きんだいしゃかくせいど)とは、明治維新以降、『延喜式』に倣って、新たに神社を等級化した制度である。第二次世界大戦後に廃止されたが、「旧社格」などの名称で神社の格を表す目安とされる。

歴史
明治4年5月14日(1871年7月1日)に太政官布告「官社以下定額・神官職制等規則」により制定。これ以前の初期の社格として神祇官直支配社(大奉幣社・中奉幣社・小奉幣社)や勅祭社(大祭社・中祭社・小祭社)があった。昭和21年(1946年)2月2日、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の神道指令により神社の国家管理が廃止されると同時に廃止GHQの干渉を恐れ、石の社名標の社格が刻まれた部分をセメントで埋めた神社が多かった。その後セメントを除去した社名標もあるが、現在でもそのままのものも多い神社本庁は昭和23年(1948年)に包括する旧官国幣社の全てを別表神社に指定、人事で特別に扱うとしたが、これは社格とは無関係である。

分類
近代社格制度では、社格を官社と諸社(民社)、無格社に分ける。伊勢の神宮は、「全ての神社の上にあり、社格のない特別な存在」とされた。

■官社
官社とは、祈年祭・新嘗祭に国から奉幣を受ける神社である。官社は神祇官が祀る官幣社と、地方官(国司)が祀る国幣社に分けられ、律令制の社格に倣ってそれぞれに大・中・小の格があり、「昇格」が行われた。官幣社・国幣社をまとめて官国幣社ともいう。主として官幣社は二十二社や天皇・皇族を祀る神社など朝廷に縁のある神社、国幣社は各国の一宮や地方の有力神社が中心である。(略)

 ・官社の社格の順
官国幣社(官社)については、官幣社は国幣社よりも格が上とされ、それぞれ大・中・小の順に格が下がる。『神道辞典』などによると、官幣大社>国幣大社>官幣中社>国幣中社>官幣小社>国幣小社>別格官幣社 となるが、官幣中社と国幣大社はどちらが上かなどの明確な規定はない (略)

■諸社
諸社は府県社・郷社・村社に分類される。府県社は府、県、台湾の州、台湾、北海道、樺太の庁から奉幣を受け、郷社は府県、郡、または市から、村社は市町村から奉幣を受けた。(略)

 ・諸社の社格の順
諸社(民社)は、府社=県社=藩社>郷社>村社の順である。これらの社格の区別は実質的な待遇の差異を伴わず、特に官国幣社においては、官幣社と国幣社の区別の意義などがはっきりしなかった。より整備された社格制度を作ることも考えられたが、成立しなかった。だが、実質的な待遇を見れば、官国幣社、神饌幣帛料供進社(府県社と郷村社の一部)、それ以外の神社の3段階の社格になったといえる。なお、社格とは国家による待遇の差を表したもので、その神社への崇敬の厚さを表したものではない

■無格社
無格社は、法的に認められた神社の中で村社に至らない神社であり、正式な社格ではなく、社格を有する神社と区別するための呼称だったが、社格の一種ともされるようになった。無格社の神社であってもほとんどは氏子を有し、村社以上の神社とは、神饌幣帛料供進がなかった点や境内地が地租もしくは地方税免除の対象とされなかった点などが異なる以外に、目立った相違はない。規模の小さな無格社の多くは、明治末期の神社合祀で廃社とされた。  (略)

■その他
社格でしかくはないが、民立の護国神社と政府に保護された神社を区別するため、後者を内務大臣指定護国神社とした。これとは別に、神社の祭礼に天皇から勅使が遣わされることがあり、このような神社を勅祭社とよびこれも社格に類して使われた。  (略) 

https://ja.wikipedia.org/wiki/近代社格制度#官社

つまり、かなり簡単に言ってしまうと、伊勢神宮を “特別な神社” とした上で、「社格を “官社” / “諸社(民社)” / “無格社”」に分け「官社:官幣大社>国幣大社>官幣中社>国幣中社>官幣小社>国幣小社>別格官幣社」「諸社:府社=県社=藩社>郷社>村社」、とした制度 と言った理解になった次第です。また、地方の小さなな神社めぐりをしていると、『入口にある神社名の示す石柱の「(恐らくメインで)村社」の部分を、セメントで隠した、もしくは隠した痕跡のある神社』に出くわすことが多々あります。これまでその理由が分からなかったのですが、敗戦によるGHQの干渉を恐れた事が理由との事、腑に落ちた感じがしました。上記に記載した「別表神社」の前の社格制度が、この戦争の原因の一因になったとされる「近世社格制度」で、戦後GHQの「神道指令」によって廃止されたと理解しましたが、同時に、現在の日本人の宗教観を見ていると、「GHQは、日本人の宗教観を変えようとしたが、結局日本人の『八百万の神々』の本質は、いい意味でも悪い意味でも変わらなかった」と思った次第です。

【最後に】

以上が、「『神社の肩書』と言って良い認識の『社格』に付き、歴史に置けるそれぞれの制度を抑え、その変遷を理解した上で、地方の神社に見られる『神社名・石柱の社格を隠した痕跡』の意味を考察をさせて頂いた内容になります。

国家の礎を築き、その役割を信仰と共に存在し続けてきた神社という神道の拠点。その等級を「社格」として、「上古社格制度(天皇の見方の直系か否(天津神系 or 国津神系))」⇒「古代社格制度(式内社:官弊・国弊/式外社等)」⇒「中世社格制度(一宮/総社等)」⇒「近代社格制度(官社/諸社等)」と時代の流れと共に変遷してきたが、戦後は「建前上」その等級は(伊勢神宮は別格として)なくなり、「別表神社」として形を変えた訳です。

しかし、上記「近世社格制度の段落内のWikipediaの引用(社格とは国家による待遇の差を表したもので、その神社への崇敬の厚さを表したものではない)」にもある様に、今も昔も「『社格は存在しているが、信仰心に上も下もない』」と考えていたんだなー」改めて感じたましたし、神社側のアピール材料の視点としては、現在では、「建前上」なくなってしまった「社格」を時代を遡る事でアピールし続けているとも思った次第です。同時に、長い歴史を持つ日本だからこそ、様々な視点の様々な都合に基づく表現が絡み合っているが、それを上手い事使い分け、社会が成り立っている様にも思え、「これこそ日本人の得意技!」とも思った次第です。

今後も神社巡りは継続していく事になると思いますが、上記の視点も加えてつつお参りさせて頂く事で、大人散策的要素を加えた神社巡りが出来るのでないかと改めて思いました。

尚本ブログでは、諏訪大社熱田神宮大宮氷川神社川越氷川神社川越喜多院日光の二社一寺久能山東照宮浅草寺深大寺神田明神大國魂神社等々、有名何処の神社仏閣に加え、日本三大怨霊 / 日本三大八幡 / 神社の社格 / 神社のカテゴリー分類と言った内容に関する考察の記事も記載しております。以下に、本ブログで記載した(一部記載が追い付いていない神社仏閣もありますが…)祭神の系統や社格(神社)や宗派(仏閣)といった切り口で、マトリックス上にまとめた一覧表を共有させて頂きますのでご参照頂けますと幸いです。また、今後調査や訪問を行い、本ブログで記載していきたいと思って折りますので、「更新中」である事を予めご容赦頂けますと幸いです(画像では見にくいので、クリック頂くとpdfのファイルが開く様になっております)。

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甲斐武田家滅亡と桃源郷?:「新府城/大善寺」と「2つの桃源郷」で甲斐武田家の歴史を感じつつ大人散策! (甲斐武田家・武田信玄シリーズ④)
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「神宮・宮・大社・神社」の “違い” とは?:神社の呼び方に隠れた意味・格式を考察 (シリーズ! 気になるワード/フレーズ⑬)
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神社仏閣を楽しむ:「関より東の軍神、鹿島・香取・諏訪の宮」と言われた一角・鹿島神宮を深堀 (茨城・鹿島)
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神社仏閣を楽しむ:「関より東の軍神、鹿島・香取・諏訪の宮」と言われた一角・香取神宮を深堀 (千葉・香取)
諏訪 諏訪大社上社 本宮
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