【はじめに】
別ページにて、川越市内をスコープとして「獅子ではない「神使」が祀られている神社仏閣」をご紹介致しましたが、こちらのページでは、川越以外の『「狛犬」の代わりに、獅子ではない「神使」が祀られている神社仏閣」をご紹介致します(「川越以外編」とは別に、「川越編」も別記事(2部構成)で記載しております)。神社仏閣の楽しみ方の1つとして、「こんな神使(=狛〇)がいるんだ…」と思っていただき、皆様が大人散策/ポタリングで、神社仏閣を周りを楽しんで頂ければ、幸いと思っております。
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以下内容は、別ページ「川越編」と同じ内容ですので、もう既にお読み頂いている方は、次の段落【獅子ではない「神使」、「狛〇」が祀られている神社仏閣】にお進みください
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早速、『獅子ではない「神使(=狛〇)」』を記載する前に、大人散策/ポタリングの基本として、大枠ではありますが、「狛犬」・「神使」のワードを抑えさせて頂きたく存じます。まずは、「狛犬」からですが、Wikipediaには、以下の様にあります。
狛犬(こまいぬ)とは、獅子に似た日本の獣で、想像上の生物とされる。像として神社や寺院の入口の両脇、あるいは本殿・本堂の正面左右などに一対で向き合う形、または守るべき寺社に背を向け、参拝者と正対する形で置かれる事が多く、またその際には無角の獅子と有角の狛犬とが一対とされる。
飛鳥時代に日本に伝わった当初は獅子で、左右の姿に差異はなかったが、平安時代になってそれぞれ異なる外見を持つ獅子と狛犬の像が対で置かれるようになり、狭義には後者のみを「狛犬」と称すが、現在では両者を併せて狛犬と呼ぶのが一般化している (略)
一般的に、獅子・狛犬は向かって右側の獅子像が「阿形(あぎょう)」で口を開いており、左側の狛犬像が「吽形(うんぎょう)」で口を閉じ、古くは角を持っていた。鎌倉時代後期以降になると様式が簡略化されたものが出現しはじめ、昭和時代以降に作られた物は左右ともに角が無い物が多く、口の開き方以外に外見上の差異がなくなっている。これらは本来「獅子」と呼ぶべきものであるが、今日では両方の像を合わせて「狛犬」と称することが多い (略)
近世から現代にかけて、各地の寺社に膨大な数が造られており、形態にもさまざまなものがある。獅子・狛犬の有無も神社によりさまざまで、たとえば京都府の京都市内の神社では狛犬がいるところが約半数である。現在、各地の寺社境内で見かける狛犬には石製のものが多く、ほかにも金属製や陶製のものがある。(略) 神仏の守護の役割を果たす獅子像、狛犬像については屋内に置かれたものは木製が多く、屋外に置かれるようになって石が使用されるようになった (略)
https://ja.wikipedia.org/wiki/狛犬
少々引用が長くなってしまいましたので、私なりの理解を記載しますと、『「狛犬」とは、「獅子に似た日本の獣で、想像上の生物」で、意味のとらえ方としてどの範囲を「狛犬」と言うかについては、いくつか考え方があるが、「祀られた対象を守るべく、寺社の入口の両脇、あるいは本殿・本堂の正面左右などに一対で向き合う形か、参拝者と正対する形で置かれる事が多く、その由来は様々あるが、守護としての役割を持った像である事に変わりは無い』といった理解をさせて頂きました。
また、Wikipediaの同じ、「狛犬」項には、以下の様に「神使」の記載があります。
神使
https://ja.wikipedia.org/wiki/狛犬
神道では、神之使(かみのつかい)、または「かみのつかわしめ」と称す。稀に数使ある場合もあるが、多くの神社では一神に一使とされており、その種類は、哺乳類・鳥類・爬虫類、想像上の生物など多様である。稲荷神の狐、春日神の鹿、弁財天の蛇、毘沙門天の虎、摩利支天の豬 、八幡神の鳩などが神使(しんし)の代表的なものである。 土地の伝承などに基づくものもあり、岩手県の常堅寺では河童伝説にちなんだ河童狛犬が置かれている。京都府京丹後市の金刀比羅神社の境内社木島社には狛犬ならぬ狛猫像が置かれ、阿吽の配置も左右逆となっている。大阪府大阪市天王寺区の大江神社には狛虎があり、阪神タイガースの優勝を祈願する張り紙や木札や阪神ファンからメガホン、虎の小さい置物やぬいぐるみなどが供えられている (略)
こちらも、私なりの理解を記載いたしますと、『「神使」は、各神社仏閣に縁故のある想像上も含んだ生物をモチーフに、祀られた対象を守る「狛犬」と同じ様な役割を果たしている像』と理解させて頂きました。
私自身、神道・仏教その物やそれらの成り立ち、その歴史に深い知識があ訳でなく、単純に寺社が好きで、大人散策や大人ポタリングにおける立ち寄り先の1つとして、これまであまり考えてきませんでした。それは、それで楽しいいのですが、折角の大人散策/ポタリングですので、簡単ではありますが、「狛犬」、「神使」を改めて調べ、上記(私なりではありますが)理解をさせて頂いた次第です。
そして本題ですが、その理解をベースに、こちらのページでは、(どの様に記載すべきか悩みましたが)『各神社仏閣に縁故のある生物(想像上含む)、言い換えると狛犬と同じ様な役割をもつ「神使」を、「狛〇」とさせて頂き、下記にご紹介致します。皆様の大人散策/ポタリングのお役立ちが出来れば幸いです。
【獅子ではない「神使」、「狛〇」が祀られている神社仏閣】
「狛〇」@川越以外 (川越編はこちらより)
・蛙:水宮神社本殿前の狛蛙
埼玉の富士見市には、「狛蛙」がお出迎えしてくれる、水宮神社があります。すぐ近くには、水子貝塚もあり、縄文時代には、縄文海進により海が目の前まで迫った地で、境内では湧水(御神水)が湧いており、水に縁が深い神社だと認識いたしました。こちらのHPには、蛙に関する面白い話も記載がありました(以下の内容)。
水宮に伝わる古くからの伝承 狛蛙ものがたり
昔々、この地に、人間のように立って歩きたいと願う蛙がいました。そこで蛙は、熱心に願をかけ、二本足で歩けるよう祈りました。そしてついに願いが叶い歩けるようになったのです。しかし、立ってしまうと蛙の目は後ろになってしまい、うまく歩くことができません。蛙はもう一度願をかけ、元のように戻れるよう祈りました。「立って歩きたい」、「やっぱり元に戻してほしい」、ころころ心が変わる蛙に神様も怒ったのか、簡単には許しません。困り果てたころ、大日如来(不動明王)様が元に戻してくれました。戻った蛙は二度と立って歩きたいとは思いませんでした。
蛙は、「旅先から無事かえる」、「失くし物がかえる」、「若がえる」などとかけられ、今も願をかけにお参りされる人が絶えません。
https://mizumiya-jinja.info/
・兎:調神社参道入口の狛兎
埼玉の浦和には、「狛兎」で有名な、調神社があります。参道の入口で、一対のがお出迎えをして下さり、手水舎や池にもウサギさんが配置され、ウサギさん一色の神社です。Wikipediaには、こちらの神社に付き、以下の様にあります。
調神社(つきじんじゃ)は、埼玉県さいたま市浦和区岸町三丁目にある神社。式内社で、旧社格は県社。別称は「調宮(つきのみや)」。社名の「ツキ」により月待信仰が古くからあり、狛犬ではなく狛ウサギがある神社として知られる (略)
https://ja.wikipedia.org/wiki/調神社
また同じく、Wikipediaの「浦和宿」の項目には、以下の様な記載があります。
(略) 調神社と兎の神使
浦和宿の少し手前岸村(現在の岸町)にある調神社(つき じんじゃ)は、社伝では由緒を神代とし、少なくとも平安時代以前の創建と見られる古社である。「調(つき)」とは租庸調の「調(ちょう)」、「みつぎもの(御調物、貢物)」、すなわち「年貢」のことであり、東山道時代の武蔵国の調はここに集荷されたのち、朝廷に届けられた。しかしその役割は武蔵国が東山道から東海道へ編入された宝亀2年(771年)をもって終わりを遂げた。その後、「調(つき)」は音韻によって「月(つき)」と結びつき、月待信仰(月待供養)の地となってゆく。それゆえ兎(うさぎ)を神使とし、この社にあって境内入り口を守護しているのは狛犬ならぬ兎である。また、「調(つき)」は「(運勢の)ツキ」に通じるともしている (略)
https://ja.wikipedia.org/wiki/浦和宿
「年貢」⇒「月⇒月待信仰」⇒「うさぎ」とKeyは変わってきた歴史がある様ですが、うさぎさん一色の調神社、「狛兎」だけではなく、手水舎や池のウサギさん等の探索を含め、境内の散策も是非してみて下さい。
・虎:多聞院拝殿前、両脇の狛虎
埼玉の所沢には、「狛虎」で有名な、多聞院があります。こちらは、我が故郷、山梨県北杜市(武川)発祥の、甲斐源氏・柳沢氏の吉保が、川越藩主時代に開いたとの事で、Wikipediaには、以下の様にあります。
元禄9年(1696年)に柳沢吉保(当時川越藩主)が三富新田として上富・中富・下富村を開村した際、一寺一社の制に基づき、開拓農家の檀家寺として上富に多福寺を、また中富に祈願所・鎮守の宮として毘沙門社(・多聞院)を創建した。その後同境内に近隣地域より神明社を勧請し同地域一帯の産土神として祀り、1868年(明治元年)の神仏分離令によって同院境内の西側は神社(神明社)として、東側は寺院としてそれぞれ独立し、今日に至っている (略)
本尊
多聞院本堂の本尊は大日如来、 また毘沙門堂には、かつて武田信玄の守り本尊であったとされる黄金の小さな毘沙門天像が本尊として奉られている。 この像は、伝承によれば、像高一寸四分(約4センチメートル)、信玄が生前川中島などの戦に際し戦勝を祈願し兜の内に納めて戦場に赴いていたと伝えられるもので、天正10年(1582年)の武田家の滅亡後、同家縁の僧を介し 血縁のある柳沢吉保の手に渡り、毘沙門社の本尊として祀ったとされている (略)境内
入口には狛犬が、また毘沙門堂の前には 一般的に神社などに見られる龍の手水舎と 一対の狛犬ではなく狛虎(こまとら, 狛寅)が配置されている (略)
我が故郷山梨の英雄、甲斐の虎・武田信玄ゆかりの本尊・毘沙門天像がいらっしゃる寺院にふさわしく、「狛虎」がにらみをきかせ、多くの虎(身がわり虎:毘沙門天の化身とされる寅に、身に降りかかる災いを託して奉納するというもの)が奉納されている様を見るだけで、力がみなぎってきます。山梨に縁のある方は勿論、歴史ファン、災いを虎に託したい人は、是非お参りしてみて下さい。
・芋持ち獅子:神明社境内、いも神社前の芋持ち狛犬
上記記載の多聞院のお隣、神明社境内には、芋神社なる神社があり、その脇に荷は、「お芋を持った狛犬」がいらっしゃいます。皆様ご存じの事存じますが、「『栗よりうまい十三里』の川越いも」の産地の中心は、三芳も含めたこの一帯で、発祥はもこの付近と言われている様です。
神明社のHP内にある、「いも神社」のページには、以下の様にあります。
(略)当地は武蔵野台地のまん中にあります。土が乾ききっているところで、夏の干ばつによる農作物の被害が特にひどいところでした。南永井村(現在の所沢市南永井)の名主、吉田弥右衛門(よしだやえもん)はそんなところでもよくできるというサツマイモの話を聞き、その導入と普及に努めました。関東でのサツマイモの試作に最初に成功したのは、江戸の学者、青木昆陽(甘藷先生)で、享保20年(1735)のことでした。弥右衛門の試作はそれから16年後の寛延4年(1751)のことです。(略)。
神明社では、当地が「川越いも」の本場であることから、平成18年11月23日、作り初め255周年を記念して、弥右衛門さんの功績を称えるとともに、関東のサツマイモ作りの元祖である甘藷先生と合わせて『甘藷乃神(いものかみ)』としておまつりさせていただくことになりました。(略)
http://www.shinmeisha.com/imo.html
「川越いも」を現在楽しめる事が出来るのは、この地域のおかげという事ですので、皆様も、「芋持ち狛犬」の見学と共に、訪れてみてはいかがでしょうか?
・猿:日枝神社(赤坂(千代田区永田町らしいですが…))拝殿両脇の狛猿(神猿像)
本ブログ別記事でも紹介しましたが、日枝神社の総本社である「日吉神社の神使は、お猿さん(神猿(まさる))」と言う事ですので、東京赤坂の日枝神社にて「狛猿」が拝殿の両脇に控えている事、理解できます。何度かお参りさせて頂いていますが、今回、「狛」〇に焦点を当てるまでまで、こちらに「狛猿」がいる事を存じ上げませんでした。次回参らせて頂いた際、しっかり写真に納めさせて頂こうと思います。
ちなみに、東京赤坂(住所的には千代田区永田町)の日枝神社は、川越喜多院のお隣にある、川越の日枝神社から勧請されたらしいので、東京赤坂の日枝神社の親分は、川越の日枝神社になるらしいです。
・羊:聖天院山門脇にある高麗王廟前、両脇の狛羊
埼玉の日高市にある聖天院。こちらの山門脇にある、高麗王廟を、一対の羊が門前を守っています。「狛羊」です。なぜ羊なのか、正直わかっていませんが、Wikipediaの「狛犬」のページの内、「狛犬」の名前の由来につき、1つの説として以下の記載があります。
(略) 狛説
https://ja.wikipedia.org/wiki/狛犬
説文解字によれば、「狛」は「狼の如く善く駆ける羊」であるとされる。また、李白の詩の一節には、「天狗」の対比として「土狛」と呼ばれるものが登場する (略)
こちらの聖天院は、高麗王若光の菩提寺として創建された寺院との事で、朝鮮では、お墓の守護、鎮魂の意味で、羊の石像が置かれるようです。日本ではあまり見ない光景だと思いますので、皆様も聖天院にいらした際は、是非気に留めて頂ければと思います。
また、山門には風神雷神が圧倒的な迫力でいらっしゃいます。浅草・浅草寺の(通称)雷門が有名ですが、ここ聖天院にも雷門(=風雷神門)がありますので、併せてご参照頂くと同時に、本ブログ別記事でにて、周辺の大人散策・ポタリング情報、高麗神社の情報も記載していますので、こちらもご参照頂ければ幸いです。
・鳩:八幡神社社殿の屋根の上にいる「狛鳩」
本ブログ、別記事でも紹介しました、川越児玉往還上にある島田橋。この島田橋の少し北にある、八幡神社の社殿の屋根には、八幡様の神使・鳩が、2羽おり、正に「狛鳩」と言った感じです。狛犬は狛犬で、社殿前にてお役目をはたしてりますので、「狛鳩」ではないとは思いますが、めずらしいと思いましたので、紹介致します。
また、こちらの境内には、別記事でも紹介致しましたが、樹齢700年以上と言われる大ケヤキもあります。迫力の根っこも含め、見学頂ければと思います。
・牛:菅原神社拝殿前、両脇の狛牛
埼玉の東松山駅から徒歩圏の吉見百穴の北、1-2㎞程の、407号線に面してある菅原神社には、「狛牛」がいます。Wikipediaの「御神牛」のページには、以下の様にあります。
御神牛(ごしんぎゅう)とは、天満宮に奉納され境内に祀られた臥牛像のことである。牛の像を置いている神社は全国各地にあるが、なかでも天満宮では菅原道真公が牛と縁が深かったことから神の使いとして信仰の対象となり御神牛と呼ばれる (略)
https://ja.wikipedia.org/wiki/御神牛
菅原神社ですので、菅原道真と牛との縁を考え、「狛牛」を置いたと言う事だと理解しました。本ブログ別記事で、吉見百穴や周囲の大人散策/ポタリング情報も記載しておりますので、併せてご参照頂けますと幸いです。(日本三大怨霊の一人、菅原神社/天満宮の祭神・菅原道真に関し、別記事で紹介しております)
・馬:上岡の馬頭観世音、拝殿屋根上の狛馬
上記、菅原神社と同市内、埼玉・東松山の上岡の馬頭観世音の社殿の屋根には、一対の「狛馬」がいます。正確には、「狛馬」ではなく、「馬をかたどった、鬼瓦的装飾」と言った方が適切かもしれませんが、ここではあえて、「狛馬」と記載させて頂きます。勝手な想像ですが、かつてこの地域で、農業のサポートをすべく馬が活用され、その感謝の意味を込めて元々は祀られたのではないかと推測してしまいました。馬にかかわる信仰では、かなり有名なスポットの様ですので、本ブログ別記事で紹介中の東松山の大人散策の情報と合わせてご参照頂き、脚を運んで見てはいかがでしょうか?
また、こちらの神社の手水舎の屋根には、シャチがいらっしゃいましたので、併せてご覧下さい
・狼:三峯神社(大輪表参道入口・三ツ鳥居・随神門?・拝殿前等)の狛狼
埼玉・秩父にある関東屈指のパワースポット・三峯神社の神使は、「狼」です。麓の140号線から伸びる参道入り口、山頂まで行くと出てくる、三ツ鳥居・随神門・拝殿前の鳥居のそれぞれの前には、狼をかたどった「狛狼」がいらっしゃいます。Wikipediaには、以下の様に記載されています。
三峯神社(みつみねじんじゃ)は、埼玉県秩父市三峰にある神社。旧社格は県社で、現在は神社本庁の別表神社。秩父神社・宝登山神社とともに秩父三社の一社。拝殿の手前には珍しい三ツ鳥居がある。狼を守護神とし、狛犬の代わりに神社各所に狼の像が鎮座している (略)
https://ja.wikipedia.org/wiki/三峯神社
本ブログ、別記事で三峯神社は紹介しておりますので、詳細はそちらをご参照頂きたいのですが、日本武尊が創建したと伝わるこのものすごい歴史のある神社、「狛狼」見学だけではなく、神社全体を参拝されてみてはいかがでしょうか? また車であれば、秩父三社の他の2つ、宝登山神社・秩父神社含め、巡ってみてはいかがでしょうか?
【最後に】
以上が、「『めずらしい神使・狛〇を探す大人散策/ポタリング』の、情報提供」になります。
今回調べて見て思った事は、「狛犬」が獅子(正確には、前記の通り違うようですが…)である事、これまでほとんど疑った事はありませんでしたし、そもそも「狛犬とは何なんなのか?」、獅子以外の狛犬がいるのか?」と言った事は考えもしませんでしたが、改めて『ホントに多くの種類の神使・「狛〇」がいる』と思った次第です(別記事の「川越編」では、川越市内の「狛〇」を紹介しております)。「それだけ人は、多くの動物たちと、時には想像も膨らませ、一緒に生きてきたんだな」と思った次第です。
また、弁天様には蛇、毘沙門天には虎、富士信仰と山王権現には猿、お稲荷様には狐と言った形で、それぞれの神に、それぞれの動物が「神使」としており、日本の宗教における多様性(ダイバーシティ?)を感じる、正に「八百万の神々」の考え方が現れている様な気がいたしました。
上記は、これまで見つける事が出来た「めずらしい『狛〇』」になりますが、今後大人散策/ポタリングを重ねるごとに、更にご紹介できる「狛〇」が増えていくと思いますので、その際は適宜こちらのページを更新していく予定でおります。皆様もちょっと違った視点で、神社仏閣を巡り、有意義な大人散策/ポタリングを楽しんでみてはいかがでしょうか?
尚本ブログでは、諏訪大社や熱田神宮、大宮氷川神社、川越氷川神社、川越喜多院、日光の二社一寺、久能山東照宮、浅草寺、深大寺、神田明神、大國魂神社等々、有名何処の神社仏閣に加え、日本三大怨霊 / 日本三大八幡 / 神社の社格 / 神社のカテゴリー分類と言った内容に関する考察の記事も記載しております。以下に、本ブログで記載した(一部記載が追い付いていない神社仏閣もありますが…)祭神の系統や社格(神社)や宗派(仏閣)といった切り口で、マトリックス上にまとめた一覧表を共有させて頂きますのでご参照頂けますと幸いです。また、今後調査や訪問を行い、本ブログで記載していきたいと思って折りますので、「更新中」である事を予めご容赦頂けますと幸いです(画像では見にくいので、クリック頂くとpdfのファイルが開く様になっております)。