鹿島神宮と香取神宮はセットで巡るべきですか?
はい。両社は歴史的にも信仰的にも深く結びついており、1日で効率よく巡れます。
鹿島神宮の見どころは?
要石、奥宮、御手洗池、深い森の参道など、神域の広さと静けさが魅力です。
香取神宮の特徴は?
経津主命を祀る古社で、朱塗りの社殿や落ち着いた参道が印象的です。鹿島神宮と同じく要石があります。
2社間の移動はどれくらい?
車で約30分ほどで移動でき、無理のない行程です。
【はじめに】

偕楽園・水戸城(弘道館)・鹿島/香取神宮・佐原・國王神社・関宿城…:車で巡る「茨城・千葉の旅!」 ~茨城・千葉を巡る歴史旅 まとめ記事~
こちらのページでは、「日本神話(国譲り)にも登場する神・タケミカヅチをご祭神とし、奈良・春日大社の勧請元であり、香取神宮とも関連が深い『鹿島神宮』に関する大人散策情報を共有」させて頂きます。
📚本記事で得られる情報📚
✅「鹿島神宮」の概要(日本神話との関連・香取神宮との関係/比較)
✅「鹿島神宮」における大人散策情報を見所の詳細マップ・多くの写真と共に共有











*** 注意:「大人散策@鹿島神宮(本記事)」と「大人散策@香取神宮(更新中)」の記事の「Introduction」は基本同じ内容です ***
皆様は「鹿島神宮」に脚を運んだ事はありますか? そもそも「鹿島神宮」ってご存じでしたでしょうか? 最初に「日本神話(国譲り)にも登場する神・タケミカヅチをご祭神とし、奈良・春日大社の勧請元であり、香取神宮とも関連が深い『鹿島神宮』に関する大人散策情報を共有」なんて記載しましたが、まずは、「鹿島神宮」と言う神宮を認識する意味でも、自身が持っている「鹿島神宮の情報」を以下に列挙致します(更なる詳細情報は、別記事:『鹿島神宮「関より東の軍神、鹿島・香取・諏訪の宮」と言われた一角・鹿島神宮を深堀!』で記載しておりますので、併せてご参照下さい)。
- 鹿島神宮は、式内社(名神大社)で、常陸国一宮で、旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社で、武道において篤く信仰される全国にある鹿島神社の総本社で、現在では、利根川を挟んだ反対側にある下総国一宮・香取神宮と「鹿島・香取の両神宮」と並び称される様に、深い関係にある神社(『梁塵秘抄』では、「関より東の軍神、鹿島・香取・諏訪の宮」とも言われた)
- 神武天皇の時代に創建されたと言われる鹿島神宮の主祭神はタケミカヅチ(武甕槌/建御雷)とされ、日本神話の天孫降臨に先立つ葦原中国平定における大国主の国譲りの際に、建御名方神(諏訪大社の祭神)との力比べ(相撲の起源?)を制するといった活躍をし、神武東征に際しては、初代・神武天皇に神剣(布都御魂)を授けたと言われるらしい(神武天皇を祭る橿原神宮に関しても別記事で紹介しております)




- 鹿島神宮は古代において、朝廷(大和政権)から香取神宮と共に軍神として、そして蝦夷の平定神として信仰され、蝦夷進出の輸送基地の役割を持ち、古代に広がっていた香取海という内海において、両神宮はその出入口の地勢学的重要地に鎮座しており、社殿が北面する事も北方の蝦夷を意識した配置と言われるらしい(参道は真っ直ぐ東へと伸びるが、社殿はその参道の途中で右(南)に面し、北面する特殊な位置関係)




- 藤原氏からの崇敬も特徴の1つで、藤原氏の氏社として創建された奈良の春日大社では、鹿島神が第一殿、香取神が第二殿に勧請されて祀られており、建御雷神(=武甕槌神=鹿島神宮祭神)は中臣氏(藤原氏の前身と言われる一族で、乙巳の変の中心人物として、中大兄皇子(=天智天皇(近江神宮祭神))と共に有名な中臣鎌足がいる認識で、蘇我入鹿打倒を祈願するために鹿島神宮を訪れた鎌足が、帰途に鎌を埋めた土地であることから「鎌倉」と命名されたとする伝説もあるらしい…)の祖先にあたるとも言われるらしく、その神威は中世に武家の世に移って以後も続き、歴代の武家政権からは武神として崇敬さたと言われる(春日大社に神使として多くの鹿がいますが、これは鹿島神宮から建御雷神(=武甕槌神=鹿島神宮祭神)が、白い鹿に乗って来た事に由来するらしいです)







- 本殿は北面するが、内部の神座は本殿内陣の南西隅にあって参拝者とは相対せず東を向いているといい、出雲大社本殿との関連が指摘される
- 参道には「楼門」があるが、この楼門は、1634年に初代水戸藩主の徳川頼房の命による造営と言われ、扁額「鹿島鳥居」は東郷平八郎の書になるらしく「日本三大楼門」の1つに数えられ、楼門は国の重要文化財に、回廊は鹿嶋市指定文化財に指定されている
- 境内入り口にある大鳥居は、4本の杉を用いた高さ:10.2m、幅:14.6mの大きさを誇るもので、前の鳥居が、2011年3月11日の東日本大震災の折に根元から倒壊してしまった事を受け、神宮境内から杉の巨木4本を伐り出して再建された
- 境内には霊石・要石(かなめいし:凹型)があるが、これは、大鯰の頭と尾を抑える杭であると言われ、見た目は小さいが地中部分は大きく、決して抜くことはできないと言い伝えられているようで、地震からの守り神として信仰されている(地震は地中に棲む大鯰が起こすものと考えられており、香取神宮には凸型の要石があり、同様の説話が伝えられる)



江戸時代の鯰絵。上が要石を祀る鹿島神宮、下が剣をもち大鯰を抑える武甕槌神


少々長くなってしまいましたが、「鹿島神宮に関する情報を関連情報も含め」まとめさせて頂きました(更なる詳細情報は、別記事:『鹿島神宮「関より東の軍神、鹿島・香取・諏訪の宮」と言われた一角・鹿島神宮を深堀!』で記載しておりますので、併せてご参照下さい)。「日本神話や出雲大社・春日大社との関連」・「地形」・「歴史」・「建造物」等が見えてきたと思いますが、なんと言っても「鹿島神宮・香取神宮の関連」がKey だと思い、「距離的にも鹿島神宮・香取神宮は近いので、セットで巡るべき!」と個人的には思った次第です。ですが、こちらのページでは「鹿島神宮」に絞って、大人散策情報を記載いたします(「香取神宮の大人散策情報」は別記事で紹介中(更新中))。すなわち、「日本神話(国譲り)にも登場する神・タケミカヅチをご祭神とし、奈良・春日大社の勧請元であり、香取神宮とも関連が深い『鹿島神宮』に関する大人散策情報を共有」致します。



【大人散策@鹿島神宮の全体図】
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上記、「鹿島神宮に関する情報を関連情報も含め」抑えさせて頂きましたので、こちら段落では、「鹿島神宮における大人散策のポリシー(全体図)」の想定を記載いたします。
上記も含め様々情報収集させて頂くと、「大人散策@鹿島神宮」における Kye は、『日本神話(国譲り)にも関連するこの神社の歴史と背景(昔の地形や香取神宮との関連含め)』・『「日本三大楼門」に代表される建造物』・『要石』と言った感じになりましたが、地図等も拝見すると『「御手洗池」と言った綺麗な池』・『神聖な森に囲まれた奥参道』も魅力的な様子。その為、以下の「大人散策コース」を想定させて頂きました。
■ 少し離れた場所にある「一の鳥居」で、「古代の地形」を想像し、香取神宮との関連も想像する
⇩ 車で移動し、出来れば「第1駐車場」に駐車
■ 「日本三大楼門の1つである『楼門』」をはじめ、「拝殿」・「本殿」・「仮殿」等の国指定重要文化財を拝見し、日本神話(国譲り)に登場するタケミカヅチに思いを馳せる
⇩ 「御朱印」を頂戴し、「奥参道」へ
■ 「奥参道」で、神聖な森の空気に癒されつつ、「奥宮(国指定重要文化財)」で参拝
⇩ 「奥参道」の分岐点から、まずは「御手洗池」へ
■ 「御手洗池」で、透き通った池を拝見し心を癒す
⇩ 再び「奥参道」の分岐点経由で「要石」へ
■ 香取神宮とセットで話に出る「要石」を拝見し、香取神宮との関連を想像
⇩ 「奥参道」とは違うルートを散策する
以上の感じで、「大人散策@鹿島神宮の全体図」を想定させて頂いた次第です。
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■ 一の鳥居 ~ 拝殿/本殿/仮殿
最初に目指したのは「鹿島神宮 一の鳥居」。この日は、別記事記載の「大洗磯前神社」に朝一でお参りし、そこから車で1時間強かけてお邪魔致しました。「一の鳥居」は、現在の鹿島神宮境内から車で10分弱の場所にありますが、「香取・鹿島の両神宮」を理解する上で、重要なスポットの認識。つまり、(全くの同じ場所では無いと思いますが)かつてこの付近からは、「香取海(=古鬼怒湾)」が広がり「香取神宮」との連携していたと思われ、「香取・鹿島の両神宮は、蝦夷対策のための拠点だった」と想像が膨らんでしまった次第です。
「一の鳥居」で、「香取・鹿島の両神宮の繋がり」を想像した後は、「現在の鹿島神宮境内」へ。車で10分程かけて、「鹿島神宮 参拝者第1駐車場」まで移動し、「大人散策@鹿島神宮」を開始しました。参道で「鹿の像」を拝見し、「タケミカヅチと鹿」や「奈良・春日大社」と言った連想ゲームをしつつ、迫力ある「二の鳥居」を潜って、境内にお邪魔した所、なんと「日本三大楼門の1つに数えられる『楼門(国指定重要文化財:初代水戸藩主の徳川頼房の命による)』」は工事中…。「残念!!!」と思いつつも、「『また来なさい!』とタケミカヅチに言われたんだ…」という事にし、気持ちを切り替えて、「(工事中の)楼門」を潜りました。すると、左手に「授与所・宝物館(閉鎖中でした…)」、正面に「仮殿(国指定重要文化財:江戸期の建造物)」、右側に「拝殿・本殿(いずれも(国指定重要文化財:江戸幕府2代徳川秀忠の命による)」が見えてきます。参道に対し直角に建てられた「拝殿・本殿」。様々な角度から建造物として楽しませて頂くとと同時に「軍神・タケミカヅチ」が登場する「日本神話(国譲り)」に思いを馳せつつ、参拝申し上げた次第です。
その後、ちょうど「菊展」が開催されていたので、「美しく育てられた菊」を楽しみつつ、「社務所で御朱印」を頂戴いたしました(この時点で、まだ「奥宮」の参拝はしておりませんでしたが、「鹿島神社と奥宮の御朱印」を頂戴しました…)。


























■ 拝殿/本殿/仮殿 ~ 奥宮
「社務所で御朱印」を頂戴した後、「奥参道」経由で「奥宮」を目指しました。「拝殿・本殿」・「仮殿」前の道を抜け、「奥参道入口」より、「奥参道」に入ったのですが、入った瞬間「別世界…」と言った印象。木々に囲まれた、土の道の参道は、「神聖な雰囲気」とあいまって、心が洗われていく感覚のする空間。「これなら、もし近所に住んでいるなら毎日歩きたい!」と思ってしまいましたし、「時代劇のロケ地」になった事も納得してしまいました。そんな空間で「さざれ石」を拝見し、「鹿園」で「奈良公園みたいに、参道を鹿さんが歩いていればいいのに…」と思いつつ(奈良公園みたいに広い芝のスペースが無いからダメなんですかね? それとも周囲の農作物の食害とかに影響を与えちゃうんですかね?)、「奥参道」を進み、「奥宮」まで歩を進めました。
尚、「奥宮(国指定重要文化財)」は、「徳川家康により本殿として造営」され、「2代秀忠による拝殿・本殿等の社殿群造営により、現在の場所に移されたの社殿」と言った理解。言い換えれば、『「軍神・タケミカヅチ」を徳川家康も崇拝していた痕跡』と思えた次第です。現在では、「徳川家康もタケミカヅチも軍神」と言って良い気もしますが、「日本神話(国譲り)時代のタケミカヅチ」・「戦国・江戸期の徳川家康」と言った違う時代の英雄に思いを馳せるには、最適なスポットだと思った次第です。





















■ 奥宮 ~ 御手洗池
「奥宮」で、「日本神話(国譲り)時代のタケミカヅチ」・「戦国・江戸期の徳川家康」と言った違う時代の英雄に思いを馳せた後は、「御手洗池」を目指します。「奥参道」を進んで「奥宮」付近までくると、「分かれ道」があり、1つは「御手洗池」へ、もう一方は「要石」への道がありますが、まずは、高低差を下り「御手洗池」を目指しました。
「御手洗池」は、「心が洗われる美しい水(池)を拝見できるスポット」と言ったイメージのスポットですが、大人散策的な視点では、「鹿島神宮の地形が良く理解できるスポット」と言った方が適切かもしれません(勿論、「心が洗われる美しい水(池)を拝見できるスポット」の視点も正しいですが…)。「御手洗池」は、「鹿島神宮の境内に食い込むように入り込んだ ”谷の頂点” にある池」と言った感じで、「高台の境内に降った雨水が、御手洗池付近で湧き出している」事が理解できる地形です。「古くは、西の鳥居付近まで、舟で進み、御手洗池で潔斎をしてから参拝した」とも言われるようですので、「鹿島神宮の地形・歴史を感じるスポット」と言って良い理解です。とは言いつつ、同時に、「心が洗われる美しい水(池)」は、心が休まる場所であった為、「池の脇にある休憩所(一休?)」で、「三色だんご」を頂戴し、一息入れさせて頂きました…。


















■ 御手洗池 ~ 要石
「御手洗池」で、「鹿島神宮の地形・歴史」を感じつつも、「三色だんご」を頂戴した後は、「要石」を目指しました。
一旦、高低差を下って参った「御手洗池」ですが、再び来た道を、今度は登る形で「奥社」付近の「分かれ道」まで戻り、そこから「要石」を目指しました。「奥宮」までの「奥参道」同様、木々の生い茂る道は、非常に気持ちの良い空間で、時間がたつにつれリフレッシュしていく感じがし、「いつまででも歩ける…」と思ってしまいましたが、ほどなく「武甕槌石像(タケミカヅチが大鯰を押さえつける構図?)」が見えてきました。その「武甕槌石像」を越えて少し行くと「要石の鳥居」が見えてきます。
鹿島神宮の「要石」は「凹型」で、香取神宮の「凸型」と対照的な形。「地中に棲む大鯰を押さえつける地震からの守り神」として信仰され、「映画:”す〇めの戸締り “のモチーフ」にもなった理解で、実際に目に見える部分は小さいですが、「地中部分は非常に大きく決して抜くことはできない」と言い伝えられており、「水戸黄門事・徳川光圀が、7日7晩、要石の周りを掘らせたが、根元には届かなかった」と言う伝承もあるらしいです。また過去、「神無月(10月)に起きた大地震のいくつかは、タケミカヅチが出雲大社に出向いて留守のために起きた」という伝承もあるらしいです…。確かに「千葉・茨城の県境は、地震の多い場所」とも認識しているので、「今でも要石が関東地方を地震から守てくれているのかな?」なんて夫婦で会話をしながら、「今後も大きな地震が来ませんように!」と手を合わせ、お祈り申し上げた次第です。
その後、再び「武甕槌石像」まで来た道を戻り、この十字路で「もう少し奥(東側)まで行ってみる?」と思いましたが、この日は更に、「香取神宮(更新中)」・「小江戸・佐原(更新中)」と巡る予定だったので、「奥参道の南を並行して走る道」で西側に歩を進め、車を停めた駐車場まで戻り、「大人散策@鹿島神宮」をコンプリートとさせて頂き、「香取神宮」を目指しました。ちなみに、「香取神宮」へは、「鹿島神宮の一の鳥居」のすぐ脇を通る「神宮橋」経由で、「香取神宮の一の鳥居」を目指しました。
















【最後に】
自身のお宿予約は、基本「一休」or「じゃらん」の2択で、プラス… :
「高級ホテル・旅館なら “一休” 」or「
【じゃらん】料理、温泉、おもてなし…クチコミで選ばれた宿ランキング」+「
Relux(Loco)」
以上が、「日本神話(国譲り)にも登場する神・タケミカヅチをご祭神とし、奈良・春日大社の勧請元であり、香取神宮とも関連が深い『鹿島神宮』に関する大人散策情報を共有」申し上げた内容になります。
「鹿島神宮の概要・歴史」・「日本神話(国譲り)との関連」に加え、「拝殿・本殿・奥宮と言った国指定重要文化財(日本三大楼門の1つに数えられる “楼門” は工事中でしたが)」、「御手洗池・要石」と言った見所スポットを共有申し上げましたが、いかがでしたでしょうか? 実際に、「大人散策@鹿島神宮」を実行し個人的に思った事は、「確かに神聖で、心休まる空間なので、毎日でも散策したい!」とという事。皆様も、まだ「大人散策@鹿島神宮」未実施であれば、「ご祭神・タケミカヅチ」に思いを馳せつつ、鹿島神宮の参拝をなさってみては、いかがでしょうか?
尚本ブログでは、諏訪大社や熱田神宮、大宮氷川神社、川越氷川神社、川越喜多院、日光の二社一寺、久能山東照宮、浅草寺、深大寺、神田明神、大國魂神社等々、有名何処の神社仏閣に加え、日本三大怨霊 / 日本三大八幡 / 神社の社格 / 神社のカテゴリー分類と言った内容に関する考察の記事も記載しております。以下に、本ブログで記載した(一部記載が追い付いていない神社仏閣もありますが…)祭神の系統や社格(神社)や宗派(仏閣)といった切り口で、マトリックス上にまとめた一覧表を共有させて頂きますのでご参照頂けますと幸いです。また、今後調査や訪問を行い、本ブログで記載していきたいと思って折りますので、「更新中」である事を予めご容赦頂けますと幸いです(画像では見にくいので、クリック頂くとpdfのファイルが開く様になっております)。
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